捨てられた妃 めでたく離縁が成立したので出ていったら、竜国の王太子からの溺愛が待っていました
「お嬢様、私の伴侶になってください」

 もう幾度目のプロポーズなのか。この一ヶ月で毎日毎日繰り返し囁かれてきた。時に甘く、時に情熱的に、時に穏やかに。

「返事はキスですよ?」

 狂愛を孕んだ夜空の瞳は扇情的で、鼻先が触れるほどの距離では熱を逃すことすらできない。
 クラクラする頭で考えられるのはこの熱から逃れたい。この夜空の瞳に囚われて————


 カランカラン。

「すみませーん、注文のお品を届けに来ましたー!」

 店舗の扉につけたベルの音にハッと我に返る。

 昨日頼んでおいた素材の配達だ。今、私何を考えた?
 あの熱に流されそうになって、危うくアレスにキスするところだった……!

「はい、今伺います」

 そう言って何もなかったような顔で、アレスが店舗の方へと出ていった。取り残された私は、深い深いため息を吐く。

「はぁぁぁ〜〜……危なかった……」

 ダメよ、ちゃんと自分の気持ちを確かめてからでないと。あの空気に流されたらダメなのよっ!!

「ちゃんと、しっかりして、稼がないと……!」

 そんな私の決意も虚しく、開店から二週間経ってもお客様はひとりも来なかった。
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