夕日みたいな君と,時間を忘れて手を繋ぐ。
意味を考える隙もない。

俺の後ろに空くスペースを狙って,最初からそのつもりだった彼女が身を投げるように入り込む。

驚いて振り向くと,扉が閉まるよりも先に階段を駆け上がるその人の後ろ姿が見えた。

彼女の履いていた靴は,雑でありながらもきちんと揃えられている。

流石だ,けれど。

そんな風に走ったら,危ない。

(うち)の急でかくばった階段に,脳が焦る。

そうして出来た隙を埋めるようにはっとした俺は,その後ろ姿を追った。

3択の扉の1つを,その人が躊躇なく開く。

どこがどんな部屋かなんて,話してもいなければ分かるはずもない。

それでも彼女が迷いなく選んだその扉は,何故かその人の望んでいる,春陽の部屋だった。

散らかった部屋のものを蹴散らしたのか踏んだのか,中から小さな物音と春陽の驚いた声が聞こえる。

訳も分からずドアノブに手を掛けると,中から強く意志をもって塞がれていた。



「えっと……ごめん,どういうこと?」



寝起きなんかじゃ済まされない動揺に,怒りも焦りも出来ない。

何か考えがあっての事だとは思うけど,それはあまりに突然で。

だけど



『ごめんね,きみっ…堤くんは私が出ていくまでそこで待っていて』



無邪気を装った,硬質で上ずったその声に。



『大丈夫だよ。絶対に,壊したりなんかしないから』



力を込めてドアノブを下げようとしていたその右腕を,俺は数秒かけて下ろした。
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