ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「あなた……!」
驚いて両目を見開いた北山さんの全身に目を走らせる。どうやら彼女の着物はどこも汚れてなさそうだ。
「よかった」
「よかったって、あなた真っ赤じゃないの!」
言われて初めて自分の胸もとに視線を落とす。真っ赤な染みが胸もとからお腹のあたりまで広がっていて、グラスの中身が赤ワインだったと知る。
ぶつかったスタッフは青ざめた顔で何度も謝り、近くにいた別のスタッフが慌てて拭くものを取りに行った。大きな物音を聞きつけたのか周りもざわざわし始める。
「どうして……」
信じられないものを見たような顔をした北山さんが、声を震わせそう言ったとき。
「さやか!」
駆け寄ってきた櫂人さんは、私の両肩に手をいた。
「いったいなにが……どこかけがをしたのか⁉ 早く病院へ、いや、すぐに救急車を!」
正直、驚いた。ここまで慌てふためく彼をこれまで見たことがない。どんなときも柔和な物腰を崩さず、冷静さを欠くことのない人だと思っていた。
「櫂人さん、落ち着いて。ワインです、けがじゃありません」
彼はぴたりと動きを停止すると私をまじまじと見つめ、大きく息を吐き出した。
「心臓が止まるかと思った」
「すみません」
彼がくれた洋服を汚してしまっただけでなく、不要な心配までかけてしまい申し訳ない。改めて「本当にごめんなさい」と頭を下げたら、肩からぱさりとスーツの上着をかけられた。
値段の想像もつかないほど上等なスーツに、ワインの染みが移ったら大変だ。慌てて返そうとしたら、肩に腕を回されて彼の胸もとへぐいっと寄せられた。
「スーツに染みがつきますから」
どうにか体を離そうとするのに、彼の腕にますます力が込められる。彼は私を腕に抱き込んだまま振り返り北山さんに大使へ伝言を言づけると、私の肩を抱いたまま大使公邸を後にした。