変 態 ― metamorphose ―【完】
チカくんの家に向かう途中、真っ黒な猫が目の前を横切った。
雲ひとつない秋晴れの空は色紙をぺたりと貼りつけたように真っ青で、白い絵具で落書きしたくなる。

婦人科クリニックへ行ってから、もうすぐ一週間。

クリニックのなかまで着いてこようとしたチカくんに「このクリニック、男の人の付き添いは駄目なんだよ」と言ったときには、えらくしょんぼりされた。

はじめて訪れたその場所は、一歩足を踏み入れればすぐにその独特の空気を肌で感じた。

清潔で静寂でぴりっとした、ぎりぎりの密室。

考えてみれば妊娠したから訪れる人もいれば、そうでないから訪れる人だっている。
そしてもちろん、それ以外の人も。

うれしいことだけが起こる場所じゃない。

診察室から出てきた女の人の赤い目を見て、想像力のない自分がどうしようもなく恥ずかしくなった。

診察を終えてチカくんの車に足早に駆け寄ると、チカくんは「どうして走るの」と過保護なことを言った。
もしチカくんがお父さんになったら、奥さんと子どもはいろいろ大変で、いろいろしあわせだろう。
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