変 態 ― metamorphose ―【完】
はじめて唇を重ねたのは、三回目に会ったときだった。

あの日は細い雨が音もなく降っていて、肌を撫でるわずかに濡れた風が心地よかった。


かなり狭いけどよかったら、と誘われた綴のアパートは想像していたよりも広く、洗面台に置かれた歯ブラシが一本であることに、こっそり安堵した。

ソファーに並んで座り、映画を見ていると、まるで肩についた糸くずを取るかのように綴がは身を乗り出した。
字幕を追っているうちにうとうとしていたあたしは、特に身構えずにいた。

頬にかぶさってきた長い黒髪、すっとのびた睫毛。
顔。近いな、と思っていると唇が触れた。

あまりに自然にそうされたので、あたしは流れに任せて目をつむり、やわらかな唇から伝わる体温や、その感触をただただ感じていた。

そのうちに唇が離れ、お互いに目をひらいた。
ぱちり、と視線が触れ合う。


待って。綴とあたしって、どんな関係だっけ?


ようやく名前のない関係に気づいたあたしは、思わず眉を寄せた。
キスの余韻を味わう()なんて、少しもなかった。

それは綴も同じだったようで、自分からキスをしたくせに、なにかを考えるような顔つきで軽く顎をさすっていた。
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