紅葉踏み分け、君思ふ

総司さんの甘味教室

外に出ると日はすでに高いところまで昇っていた。

土方さんと山南さんと一緒に前川邸から出ると、いつからそこにいたのか、総司さんと一さんが立っていた。

「おぃ総司!一もか。二人揃ってどうしたんだ?」

「えっと、かえでちゃん、今日休みだったでしょ?ぼくたちも今日非番だから、一緒に京の散策にでも行こうって一くんと話してたんだ・・・あ、でもかえでちゃんが寝たいならもちろんそっちを優先していいよ?」

(あ、朝わたしが言ったの覚えてたんだ。ちょっと、嬉しいかも)

「元々二人で行く予定だったからな。かえでの意思を尊重するぞ」

「総司さん、一さん・・・気遣ってくれてありがとう。せっかく二人が散策するならわたしも一緒に行きたい・・・!」

手を握り締めて言うと二人はびっくりしたように目を見開いたあと、嬉しそうに顔を綻ばせた。


「あ、あそこです!ぼくが行きたかった甘味屋!」

一旦屯所に帰って日焼け止めを塗ったあと再スタートだ。

このとき初めて知った。総司さんは意外筆まめ・・・違う、自分の興味のあることに限って筆まめ。

(まさか、行きたい甘味屋さんをリストアップして地図まで作っていたとは・・・)

地図は京都に詳しい隊士に書いてもらったそう。何その本気度。びっくりだよ。

「ここの栗餅が美味しいんだって!行こ行こっ!」

半ば引きずられるぐらいの勢いで甘味屋に入る。

「おいでやす!好きな席へどうぞ〜」

笑顔で招き入れる売り子さんに会釈してから奥の向かい合える席に向かう。

「何にするのん?」

店員さんの言葉に三人で顔を見合わす。勿論、わたしと一さんの視線の先は総司さん。

「えっと・・・店員さんは何がいいと思う?」

(あ、総司さん店員さんに丸投げした)

突然話を振られたにも関わらず、店員さん(後で聞いたら涼音さんって言うんだって)は落ち着いたそぶりで返す。

「お客さん、初めてなんどすか?ならまず普通の栗餅食べてみとぉくれやす!」

ってことでオリジナルの栗餅をいただくことに。
「かしこまりました!」

涼音さんが奥に引っ込むと視線は自然と総司さんに向けられる。

「総司、あれだけ調べておいて食べるもの決まってなかったのか?」

「いや、最初はやっぱり店員さんの・・・」

「そうだとしても、あの丸投げの仕方はちょっと・・・」

わたしの言葉に一さんも頷く。

「彼女は慣れていたからいいものの、急に聞かれても困るだろ?あんなにいろいろ調べていたのだからお店の看板商品ぐらい調べておけ」

「はーい」

一さんのお説教がおわると、涼音さんが待ってましたとばかりにお皿三皿乗せたお盆片手にやってくる。

「お待たせした、栗餅三つどす!」

「うわぁ・・・!」

総司さんが目を輝かせて目の前に置かれた栗餅を見つめる。その眼差しはおやつを待つ月夜そっくりで思わず息を呑む。

(・・・月夜)

会いたい、と思っても多分もう会えないのだろう。あの、何もない日々があんなに懐かしいなんて、みんなの前で言えるわけない。

「かえでちゃん・・・?」

「へ⁉︎総司さん⁉︎どうしました?」

「それはこっちが言いたいよ。大丈夫?急に俯くんだもん、何かあった?」

「・・・もしかして、調子が悪いのか・・・?」

「そら大変!どっか休めるとこ・・・」

「あ、あの、大丈夫です!ちょっと、感傷に浸ってただけなので!」

「本当?本当に大丈夫・・・?」

「うん、大丈夫。総司さんも、一さんも、涼音さんも心配してくれてありがとう」

笑顔で言うと三人は一斉に顔を背けてしまう。

「ちょ、反則・・・」

「・・・」

「待って、可愛すぎなんやけど・・・!」

(え?なんでみんなこのタイミングで顔背けるの?)

正解はかえでちゃんの笑顔が可愛かったからだが本人はそんな答えは全くと言っていいほど考えていない。

「と、とりあえず食べよっか」

総司さんが気を取り直して栗餅に向き合う。そのまま深呼吸。

「いただきます」

わたしや一さんも食べやすい大きさに切って口に運ぶ。

「・・・!美味しい!」

(栗餅ってあんまり食べたことなかったけど、ふわふわしてて美味しい・・・!)

すぐ食べ切ってしまった。もうちょっと味わって食べるべきだったな、って後悔しちゃったけどしょうがない。

「なぁ、みんなにお土産にしたいから何個かもらっていいか?」

突然、一さんが涼音ちゃんに声をかける。

(一さん、さっき無茶振りがどうとか言ってたけどお持ち帰りも結構無茶振りじゃ・・・)

「お土産・・・今すぐ帰るならすぐ渡せるけど、他の店も回るのなら帰る時にこっちに寄ってくれたら出来立てを渡すで?・・・ねぇおとん!」

「あぁ、せっかくやし一番うまい時を食べてほしいしーな」

と、言うことだったので他のお店も回りたいわたし達はお言葉に甘えることにした。

「お会計は今食べた分だけでええで。お土産の分はその時払うてくれたらええさかい」

「助かる」

このお店のお金を払ってくれるのは一さん。次のお店で総司さんが払うんだって。ちなみにわたしは急なお誘いだったから一銭も払わなくていいって言われた。

(いつか絶対お返ししよっ!)

「あ、あんたも会計?」

「あぁ、お願いするよ」

ここでは滅多に聞かない標準語に視線をその人に向ける。

(あ、イケメン)

年齢は多分わたしと同じか、それより一個二個上ぐらい。だけど雰囲気は源さんに似ている。あ、でも性格は山南さんっぽい。笑いながらいろいろ仕掛けてそう。

「また来とくれやっしゃ!」

手早く一さんとその優しげ笑顔さんのお会計を済ませる涼音さん。

「ありがとう・・・おっと」

優しげ笑顔さんがお金をもらうと同時に落としてしまう。コロコロと転がったお金はわたしと総司さんの前で止まる。

「あ、それ、拾ってくれるかい?・・・ありがとう」

目が合うとニコッと微笑まれた。うん。絵になるね。なんでわたしに関わる人はイケメン多いの?

「総司、かえで!行くぞ」

一さんに声をかけられて慌てて一さんの方へ向かう。

「あ、君!」

「?なんですか?」

優しげ笑顔さんの声に振り向くと彼は深みのある笑顔を向ける。

「夜、気をつけてね」

京都にいたら当たり前に聞く言葉。夜は危ないから外に出るな、暗殺者が百鬼夜行のように湧いてくるから。

なのに、妙にこの人の言葉に背筋が凍った。

(何、・・・?)

数秒、どちらも何も言わない時間が続く。

「かえでちゃん?早く来てよ〜!」

「!総司さん・・・」

(ひゃぁ〜た、助かった・・・)

あの間があともう少しあったらわたしは視線で負けていたかも。

「ほら、行くよ!まだ行きたいお店いっぱいだるんだから!」

「はいはい」

わたしは少し笑いながら二人の元へ向かう。

ふと後ろを向くとあの人はさっきと変わらず、毒がある笑顔でわたしを見つめていた。
< 41 / 63 >

この作品をシェア

pagetop