復讐の螺旋

第七話 真実を知るために

 警察に相談した方が良いのだろうか、葵の自殺の原因は自分が想像している考えでほぼ間違いないだろう。
 いや、と明は考えを改める。コンビニに行った後に自宅ではないどこかに行った可能性だってあると言われてしまえばその通りだ。
 そもそもコンビニでニセ警察官に成りすまして防犯カメラの映像を確認した事を説明する事ができない。
 自分で調べるしかない、有給をとったので時間はたっぷりある、コンビニを出てから自宅までのおよそ三分間、その間に葵は攫われたはずだが、その犯人を調べる方法が皆目検討がつかなかった。
 ついているだけで全く見ていなかったテレビからは映画の番宣が流れている、小さな子供に戻ってしまった名探偵が次々に事件を解決していくアニメの映画だ。

「探偵か……」

 明の会社に税金の相談にくる客の中に『調査会社』と職業欄に記載している男を思い出す、年の頃は六〇代前半くらいだろうが初老と言うには鋭い目つきをした人物で、売上を見るとそれなりに儲かっているようだった。
 時計を見ると正午を回った所だ、会社の連中は丁度昼飯を食べに外出している頃だろう、あいつを除いて。
 実家が弁当屋の工藤は外で昼飯を取ることは滅多にない、もちろんメジャーリーグの中継を見逃したくないのも理由の一つだろう。
 スマートフォンを耳に当てると工藤はすぐに電話にでた。

「どうしたんすか」

「昼飯中わるいな、ちょっと調べて貰いたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「顧客の中に調査会社を個人で経営している男、たしか本庄なんたらだったか」
「ええ、いましたね。やたらと目つきが鋭い人ですよね」
「ああそうだ、事務所の住所と電話番号を探してくれないか?」

 工藤は特に不審にも思わなかったのか「了解っす」と言うと無言になった、スマートフォンからはカタカタとデスクトップパソコンのキーボードを叩く音が聞こえてくる。 

「いいですか?」
「ああ、頼む」

 工藤が読み上げた電話番号と住所を先日購入した黒革の手帳にメモした。

「サンキュ、じゃあ野球ばっか見てないでしっかり仕事しろよ」
「今日はもう負けましたよ、一之瀬さん」
「なんだ?」
「変なこと考えないでくださいね……」
「何だよ変なことって」
「いえ、なんでもありません。また飲みに連れて行ってください」

 明は「分かったよ」とだけ答えると電話を切った。
 
 メモ書きした住所を見ると事務所の場所は十条駅にあるようだ、車で一五分といったところか。
 工藤に聞いたばかりの電話番号にかけてみるとすぐに繋がった。

「はい、本庄探偵事務所です」
「あの、これからご相談に伺いたいのですが大丈夫でしょうか」
「少々おまちください」

 通話口から保留音が流れる。

「本日ですと一五時〜一六時の間でしたら時間が取れますが」
「お願いします、一之瀬と申します」

 顔を合わせたらすぐにバレるだろうが今説明するのは面倒なので名前だけ伝えておいた。

「一之瀬さんですね、では一五時にお待ちしています」

 電話を切ると明はソファにもたれかかった。

 変なこと考えないでくださいね――。
 
 工藤のセリフが頭をかすめる、自分は犯人を見つけ出して何をしようとしているのか。

 復讐――。

 わからない、しかしまずは真実を知りたかった、なぜ葵は死ななければならなかったのか。
 それが分からなければ自分は前には進めない、そんな気がした。

 十条駅でタクシーを降りると夏の日差しが明に向かって容赦無く降り注いでくる、住所をスマートフォンに打ち込んで地図情報を見ると商店街を抜けてすぐのようだ。
 商店街は活気があり主婦と思われる女性達がアチコチで井戸端会議をしている、明くらいの年代の男は一人もいないので急いで商店街を抜けると目当てのビルにたどり着いた。

『飯島ビルディング』

 ビルと名乗るにはショボクレた五階建ての建物の二階に本庄探偵事務所は入っていた。
 狭い階段を上がると扉が三つ右側に並んでいる、一番奥が目当ての扉のようだ、事務所名が入った看板が立てかけてある。

「こんにちはー」

 扉を開けて挨拶するとパーティションで仕切られた向こう側から男の声が返ってきた。

「どうぞー」

 奥に進むと灰色のデスクに本庄は寄っかかっていた、その前には皮製のソファーが向かい合っていて、中央にはローテーブルが置いてある。

「どうぞお座りください」

 ソファーを促した所で本庄は固まった。

「あれ、一之瀬さんって」

 気がついたようだ。

「ええ、すみません個人的な相談がありまして」
「なんだ電話で言ってくれたら良かっ
たのに」
 鋭い目つきをしていた本庄の目元が緩んだ。

「まあとにかくお座りください、今お茶を入れてきますので」

 本庄は人一人がやっと入れるくらいの給湯室に入ると急須でお茶を入れている、出来れば冷たいお茶が良かった。

「しかし一体どうしたんですか?」

 湯気がたつお茶を目の前に置くと本庄は早速本題に入った、そう言えば時間は一六時までだ、世間話をしている暇はない。

「人探しをしているのですが、そういった事をコチラではやっていますか」

「人探しですか、そうですね依頼件数としてはそこまで多くはありませんが出来ますよ、誰をお探しで?」

 誰をお探し、娘を攫った男を探していますとは言えない。

「えっとですね、娘の彼氏と言いますか、友達と言いますか」
「ほう」
 それだけじゃ分からない、先を促された。

「つまりですね、高校生になる娘がいるのですが最近あまり良くない連中と一緒にいるようで」

 一旦お茶に口を付けたが熱くて飲めない。

「直接娘に聞いても教えてくれなくて、かと言ってこのまま放ったらかしにして事件に巻き込まれても困りますし」

 そこまで話すと本庄はやっと口を開いた。

「なるほど、どういった連中と交友しているか、父親としてそれを知っておきたいという事ですね?」 

「ええ、お恥ずかしい話ですが」

「いやいや、分かりますよ、私にも娘がいたものですから」 

 初耳だった、しかし過去形という事は今は。

「どこまで情報がありますか?」
「情報ですか」
「ええ、例えば相手の名前は分かっているとか、写真があるとか」
「なにも分からないのですが難しいでしょうか?」
「いえいえ、例えば娘さんを何日か尾行すればその連中と落ち合う事があると思います、しかし分かっていることがあれば教えて頂いたほうが、お世話になっている一之瀬さんには言いにくいのですが料金的に変わってくるので」

 なるほど、しかし分かっていることなんて何一つ無かった。いくらプロの探偵と言っても対象人物の情報が無ければ探し出す事は不可能だろう。
 死んだ人間を尾行することはできない――。

「先日娘が朝帰りしたんです、どこに行っていたのか聞くと同級生の友達の家に泊まったと嘘を付きました」
「どうして嘘だと」
「その友達に確認しました」
「なるほど、その日にどこへ出かけていたか、それが分かればあるいは……」

 本庄は腕を組んで考え込んでいる。

「お嬢さん、スマートフォンは?」
「持っていますが」
「でしたらその日の位置情報を追えばどこに居たかは調べることができますね」
「そんな事ができるんですか?」
「ええ、そのスマートフォンがあれば見ることが出来ますが、年頃の女の子は肌身離さず持ち歩いていますからね、パスワードもかかっているでしょう」

 葵は列車に飛び込んだ時スマートフォンを持っていなかった、覚悟を決めていたから必要ないと感じて持っていかなかったのだろうか、遺品を整理している時に学校の鞄から出てきた。
 
「いえ、スマートフォン用意できます。パスワードは、なんとか解読してみます」

 本庄はスマートフォンでの過去の位置情報の見かたを紙に書いて説明してくれた、相談に乗ってもらった費用を払おうとすると「いつもお世話になってますから」と受け取ろうとしなかった。
 明は深々と頭を下げて礼を言う。

「何かあればまたご相談ください、年頃の娘さんは大変ですから」

 明は頷くと事務所を後にして急いで自宅に戻った。
 
 
 自宅に着くとそのまま葵の部屋に直行する、机の上に置いたままのスマートフォンを手に取るが画面は真暗だった、充電が無いようだ。辺りを見渡すが充電器らしき物がない、少し考えて自分と同じ機種だと気がついた。
 いそいでリビングに行き自分の充電器で葵のスマートフォンを充電する、コードを繋いだまま電源を入れるとリンゴのロゴが現れて電源が入った。

 『Touch IDまたはパスコードを入力』

 画面に映し出された一から九の数字を見て考えを巡らせた、安易ではあるが葵の誕生日を打ち込んでみる。

『1012』

『パスコードが違います』

 葵の生まれた年を西暦で入れてみてもダメだった、情けない事にそれ以上は何を入力していいか分からない。

『葵は、その……、ファザコンなので……』
 
 藤堂杏奈の言葉を思い出した。

『1003』

 明は自分の誕生日を入力した。
 ロックが解除されて画面が明るくなる、先程本庄から渡されたメモを頼りに七月九日の位置情報を探った。
 本庄によると長く滞在していた場所の位置情報は記録されるようだ、七月九日を見てみる。

『東京都北区』
『東京都豊島区』
『東京都世田谷区』
『東京都北区』

 豊島区は葵の高校だ、友達のライブが行われたのが下北沢と言っていたので世田谷区が表示されているのだろう。
 一番下に表示されている『北区』をクリックすると更に詳しい番地と地図が表示された。

 二十三時三十五分〜『志茂三丁目○番地○号』

 葵を攫った男はここにいる――。

 明はすぐにこの場所に向かおうとしたが時計を見ると十七時前だった、もう少しで蓮が帰ってくる。
 今はあまり一人にさせたくない、明日の朝一にしようと決めると蓮の為にカレーを作る事にした。

 翌日、蓮が学校に行くのを見届けると明はスーツに着替えて髪をオールバックに整えた。念の為ニセの警察手帳を懐にしまうと革靴を履いて家をでた。
 目的の場所は自宅から車で十分程の場所にあった、近くにタクシーを止めてもらうとそこからは徒歩で探す。綺麗な一軒家が多い住宅街に突如としてボロボロのアパートが現れた。築五十年以上は経っていそうな建物に人が住んでいる気配は感じられない。
 一階と二階に三部屋づつ、一階の一番右端の扉の横には洗濯機が置いてある。
 建物の裏手に回ると駐車場になっていてアパートの裏側が見通せた、左下の部屋と右上の部屋以外は雨戸がしまっている、右上の部屋は覗くことが出来ないが洗濯機が置いてあった左下の部屋は窓が開いていて中の様子が伺えた。
 車の影に隠れて中を覗き見る。
 若い男が着替えていた、その涼しげな横顔を見て記憶が蘇る、間違いなくコンビニの防犯カメラに映っていた男だ。
 カッ! っと頭に血が上る。
 あいつが葵を自殺に追い込んだ男なのか、あの夜、葵は間違いなくこの部屋に居たはずだ。
 しかしまだこの男が悪い奴とは限らない、藤堂杏奈はああ言っていたが実は彼氏がいて、それがこの男である可能性もある。
 年の頃は葵の少し上くらいだろう、また、防犯カメラ以外に何処かで見た事があるような気がするのだ。
 男は着替え終えると窓も閉めずに部屋を出ていく、表に回ると男の後を付けていった。充分な距離を取って後ろからついていくと十五分程で赤羽駅についた。何処かに移動するのだろうか。
 このまま尾行するか悩んでいると男は駅には入らずにパチンコ屋の列に並んだ、平日の朝からパチンコ屋に並ぶようなロクデナシと葵が付き合っているとは考えたくなかった。
 明は考えた末に先程のアパートに戻る事にした、部屋の中を捜索すれば何か証拠が見つかるかもしれない。
 タクシーで元居た場所まで戻るとアパート一階の洗濯機横にある扉のノブを回した、ガチャリと音をたてて扉は開いた。
 先程あの男が外出する時、鍵をかけた様子がなかったので堂々と玄関から進入した。
 あの様子だとまだまだ戻ってくる事はないと思うが念のため玄関の鍵をかけた、部屋は散らかっているが一人暮らしの男の部屋なんてこんなもんだろう。
 敷きっぱなしの布団に小さなちゃぶ台、ミニ冷蔵庫と、この部屋にマッチしたインテリアの中で五十インチはあるだろう薄型テレビだけが一際浮いていた。
 周りを見渡すがこれといって証拠になりそうな物はなかった、なんとなく窓から外の眺めを見ようと敷きっぱなしの布団の上を歩くと「パキパキッ」と何かが割れる音と足裏に感触が伝わってくる。
 しまった、と思いながら掛け布団をはがすと透明のプラスチックケースに真っ白なDVDが入っていた、割れたのはケースの表面でDVDは無事な様だ、同じ様な物が十枚近くあった、よく見るとDVDには日付がマジックで記入してある。

『三月二十六日 ☆☆☆』
『六月十四日 ☆☆』

 初めはなんの興味も示さなかった明だがその中の一枚を見つけて心臓の鼓動が早くなった、自分の心音が聞こえてくるようだ。
 
『七月十日 ☆☆☆☆☆』
 
 恐る恐るそのDVDを手に取った時だった。

「ガチャガチャ!」

 玄関のドアノブが音を立てた、明は慌ててDVDをスーツのポケットにしまうとトイレのドアを開けて身を隠した。

「おーい、あつしー、居ねーのかよ」

 扉の向こうから声が聞こえてくる。
 しばらく身を潜めていると玄関と反対側の窓から声が聞こえてきた。

「おーい! ってやっぱいねーじゃねーかよ」

 男は網戸を開けて部屋に入ってきたようだ。

「なーに鍵なんて閉めてやがるんだよ」

 ブツブツ言いながら部屋の中を歩き回っているのが気配で分かる、今トイレの扉を開けられたら終わりだ。

「あれー、こないだのやつねえなぁ」

 すると男は諦めたのか玄関の扉を開けて帰って行った、もちろん、鍵はしていない。
 明は念の為窓から飛び出すと駐車場を横切って先程の男を追った、小柄な男は道路脇に駐車した黒いワンボックスに乗り込む。
 慌てて車のナンバーをスマホカメラで撮影しようとしたが、自分の車にカメラを向けられているのを発見したら不審に思われるかもしれない。
 明は電柱の影に隠れるとスマホを録音モードにしてあたかも通話中かのように耳にあてた。

『練馬 500 さ 14-14』

 スマートフォンに呟いた所で黒のワンボックスはエンジンをかけて走り去った。
明はその場でしゃがみ込むと深いため息をついた、

 スーツの左ポケットにはDVDが入っている――。
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