「大好き♡先輩、お疲れ様です♡」溺愛💕隣りのわんこ系男子!

第10話 「先輩、お疲れ様です♡」6

「城ヶ崎君……。大丈夫かな」

 城ヶ崎君は今日は仕事をお休みしてる。

 いつも隣りにいる城ヶ崎君がいないと調子が狂っちゃうな……。
 それにちょっと寂しい。

「はあ〜っ」

 私は珈琲を飲んでため息をついた。
 城ヶ崎君のデスクをちらっと見る。

 眠気覚ましの濃いコーヒーは苦い。

 にこにこって笑ってる城ヶ崎君がいると周りが明るくなって。

 あの甘い顔で「先輩、お疲れ様です」とか言ってくれると、疲れも吹き飛んじゃうのに。

 だいぶ、無理してたんだね。
 城ヶ崎君が倒れて病院で寝てる時に、私は城ヶ崎くんのおうちの人が来るまで 病室で付き添っていたの。

 ご両親と弟さんが駆けつけて、病状が過労だと聞くとホッとしていた。
 城ヶ崎君によく似たお父さんと優しそうなお母さん。それにそっくりな弟さん。

『お世話になってます。城ヶ崎悠太の母です』
『父です。あの〜、失礼ですがあなたは野坂さんですか?』
『ああ、はい。野坂茜音です。城ヶ崎君とは同じ部署です。すいません、城ヶ崎君の体調不良に気づかなくて』
『良いんですよ。野坂さんのせいじゃありません。息子からよくあなたの話を聞いております。とっても頑張り屋の野坂先輩って人がいて、憧れてるって』
『そんな……、憧れてるだなんて。私、城ヶ崎君によく助けてもらっています。きっと無理させてました』
『良いんですよ。うちの息子、こき使ってやってくださいね。うふふっ、こんな美人な方のお手伝いが出来るのって喜びますから』

 城ヶ崎君のご両親が入院の手続きに行くと、弟さんと私が病室に残った。
 私は弟さんと少し城ヶ崎君のことをおしゃべりした。

『俺、悠太の弟の流星です。兄貴はここ数年、めちゃくちゃ根暗だったんです。学生時代はバスケに打ち込んでいたんですけど足を大怪我してから内向的になって。……でも社会人になって野坂さんに出会って。野坂さんのおかげで以前みたいに明るくなりました』
『そうだったんですね。でも私、城ヶ崎君を頼りにしすぎてたのかもしれないです』
『いや、たしかに兄貴は家は出て自立して、俺が遊びに行ってもなんか仕事のためにとか言って資格の勉強とかしたり、企画書作ったりしてました。でもいきいきしてます。間違いなく野坂さんのおかげです。ちょっとぐらい、好きな人に褒められたくて無理してる方が兄貴は良いんですよ』
『すす、好きな人? ああ、でもこんな風に倒れちゃったら……』
『おかしいなあ。わりと体は丈夫なんですけどね。なんかプレッシャーとかかかったんですかね。根暗の一時期コミュ障気味だったんで、強烈な個性の人間とか人当たりするんですよね。普段は兄貴、防衛反応で笑顔で隠すけど。いまだにそういうのうまく流せない時があるっていうか』

 私は城ヶ崎君の弟の流星君の話を聞いて、ピーンと来た。
 常盤社長も私の元カレの中山君も、個性の塊だ。
 それに、あの日は常盤社長と二人で得意先に出掛けて行ったっけ。
 城ヶ崎君、常盤社長になんか言われたのかな〜。

 けっこう、繊細なんだね。
 なのに、私のために一緒に残業してくれたり、書類づくり手伝ってくれたり。
 私のほうが先輩なんだし、本来は私がもっと配慮してあげなくちゃいけないのに。

『あっ、でも遠慮しないで頼ってやってください。あの、ニコニコしながら急所ついたりけっこうSっ気があるかと思いきや、兄貴ドMでもあるんで。なんか面倒くさいでしょうが野坂さんのことは大好きなんで。どうか兄貴と仲良くよろしくです。頼んます』

 いい弟さんだな〜と思った。
 なんか兄弟も仲が良いけど、家族みんなが仲良しって雰囲気が伝わってくる。
 ご両親も弟さんも思いやりがあって優しくて素敵だった。
 城ヶ崎君って愛されてるな。

    🌼

 城ヶ崎君はもう退院はしてるけど、大事を取って二〜三日は仕事を休むように常盤社長命令がくだっているので、素直におうちで大人しくしてるみたい。

 定時五時、五分前。私の携帯電話にメールの着信音がした。

【野坂せんぱ〜い。大好きです♡暇です。もうすっかり元気ですよ! でも約束のお見舞い、待ってます♡(*´∀`*)】

 携帯電話の画面を見たら、メールの相手が取引先だと思いきや城ヶ崎君からだったの。
 届くのはかわいいスタンプと、ハート♡が満載なメール。
 もう、こんなメール送ってきて〜。
 恥ずかしいなあ。
 ついうっかり、にんまりと顔が緩んでしまうのだけれど。

【今日は残業しないでね♡先輩が来ないと死んじゃう。野坂先輩の可愛い笑顔を摂取しないとまた倒れそうです。あと腹が減りました☆なにかデリバリーで頼んで晩ごはんを一緒に食べましょうよ〜。(^_^;)】

【うん。あとちょっとで仕事も終わるよ。城ヶ崎君のところに行くからね。】ってメールを返そうかな。

 こんなにラブラブなメールをもらってるけど、私と城ヶ崎君は付き合っているわけじゃない。
 どんどん城ヶ崎君のペースに流され深みにハマっていく感はあるけれど、社内恋愛はしたくないと決めているの。


 私は実は残業を今日はしないで良いように、猛烈に仕事に励んだ。
 いつも手を抜いているわけではないけど、自分でも驚くほどのペースで仕事が進んでく。
 城ヶ崎君のことが心配だったから、メールをもらうまでもなく約束通りお見舞いに行こうって朝から、ううん、昨夜《ゆうべ》から決めていた。
 変な使命感と闘志に燃えて、仕事をばりばりがつがつこなしていった。
 ノリにのって調子が良い。
 その甲斐あって、今日はもう帰れそう。

 あとは常盤社長に決済をもらう書類を社長室に持って行って、今日のお仕事は終了だ。

 城ヶ崎君のメールには晩御飯はデリバリーとか書いてあったけど、出来たら手料理を作ってあげたいかな。
 病み上がり、栄養があって胃に負担がないものが良いよね。城ヶ崎君はなにが食べたいだろう?

 パソコンシステムのタイムカードを押したら、メールしてみようかな。

 エレベーターを待っていると後ろから話しかけられて、そのよく知った大きな声にびくっとなる。

「よお、茜音。あの番犬城ヶ崎は今日は休みだってな」
「中山君。……番犬って。城ヶ崎君は私の同僚なだけだから」
「だってあいつ、茜音のことが好きだって恥ずかしげもなく公言してるし、有名だぜ。ああ、良いねえ。今日は邪魔するヤツがいないし好都合だよな。一緒にメシでも食いに行かねえ?」
「中山君。私、もう貴男とは二人きりでご飯に行ったりしたくないの」
「そんなつれないこと言うなよな。付き合ってひと時愛した仲じゃないかよ。深くまで見せ合って知る仲だろ? この間から何度も言ってるじゃないか。ごめんってさ。どうしたら折れんの? 俺はもう一度茜音とやり直したいんだ」
「私と中山君じゃ合わないんだよ。ジムのトレーナーの子はどうしたのよ? だいたい二股して私と別れる決断をしたのは中山君じゃない。振られたのは私なんだから。失恋して悲しくてつらくて。最近やっと傷が癒えてきたのに……」
「だからごめんて言ってるじゃねえか。今度は別れないようにする。お前も俺の心が離れないように努力しろよな」
「えっ! なに言ってるの? 二股したのが私のせいだって……言うの?」

 私は泣きたくなんかなかった。
 なのに、悔しくて涙が溢れてしまう。

 私は中山君に壁際まで追い込まれて、気づけば壁ドンされて逃げられない。
 手首を掴まれて、顔が近づいてくる。
 私の持っていた書類がぱらぱらと床に落ちる。

「会社でこんなことやめて。人を呼ぶわよ、叫ぶからね」
「叫べばいいじゃんか。その唇、今すぐ塞いでやるから」

 体格ははるかに中山君が大きくて力が強くて迫られ、私は動けない。
 ――フッと城ヶ崎君の笑顔が浮かぶ。
 助けて、城ヶ崎君!

「やめないか」

 急に私にかかる中山君の重さが軽くなって。
 私は中山君の手を掴んでどかしてくれた人を見た。
 それは、怒った顔の常盤社長だった。
 凄みをきかせた瞳が眼鏡の奥で光る。
 
「やめなさい。会社で痴話喧嘩か? いや、違うな。野坂さんが怯えてる。彼女は泣いてるじゃないか。その手を離すんだ。中山君、いくら元カレでも一方的に気持ちを押し付けるのは感心しないね」
「うっ。俺はただ……」
「事情は聞くよ。ただ、力の弱い女性を力で征服しようとするのは正しい男のすることではないね。好きなら特にその相手の意志を尊重しないといけない」
「す、すいませんっ」

 中山君は逃げるように踵を返して慌てて駆け出してこの場を去って行く。

「ふーっ。廊下は走ったら危ないと言うのに、まったく」
「常盤社長……」

 まだむっとした顔のまま常盤社長は私が不可抗力で落とてしまった書類を素早く拾い集めてくれた。

「大丈夫か? あの男が君にとって危険ならセクハラで訴えるなりストーカーで訴えるなりするぞ。解雇も検討しよう。俺も助力する」
「……大丈夫です。そこまでではないですから」
「そうか。ああいう輩は怒らしたりするとしつこいかもしれない。俺は君の雇い主でもあるし、君を大切に思っている。会社にとっても俺にとっても大事な戦力だ。いつでも頼りなさい」
「あっ、ありがとうございました。助けてくれて」
「なんてことない。困ったらいつでも相談するように。書類はもらっておくよ。俺宛だろう? ……これから城ヶ崎君のお見舞いに行くのか?」
「はい、彼とは約束してるので。心配ですし。城ヶ崎君の様子を見てこようと思っています」
「……そうか」

 常盤社長が一瞬寂しげに私を見てきて、なぜか胸がドキッとした。
 こんな感情、湧いたことがないのに。

「あのな、野坂さん。こんな時に卑怯だが俺も君の恋人候補に入れてはくれないか?」
「ええっ……。常盤社長」
「今日は大人しく身を引こう。そうだ、野坂さん。君を城ヶ崎君の家まで送っていくよ。夜道は危険だからね。支度をしたら社長室に来るように」
「だ、大丈夫ですよ。社長に送ってもらうだなんて過保護すぎます」
「中山君が出入り口で待ち伏せしてたらどうするのかな? これは社長命令だよ。社員の安全管理も俺の仕事だ。それに中山君だって道を誤らせたくないからな。明日、厳重に叱っておく」

 私はぐうの音も出なかった。
 常盤社長の顔がすごく真剣で、それに……さっきの中山君は怖かった。

 常盤社長のお言葉に甘えて、城ヶ崎君のおうちまで車に乗せてもらうことにしたの。
 この間、城ヶ崎君も一緒に乗った運転手付きの車とは違った。
 今夜は白いポルシェ? なのかな、常盤社長が自ら運転するみたい。内装がお洒落で車内はほんのりいい匂いがする。

「お邪魔します。常盤社長って、ご自分で車の運転をなさるんですね」
「車を運転するのは好きなんだ。気分転換になるからね。事前に会議資料とか目を通したい時なんかは人に運転してもらうよ」

 ちょっと緊張しちゃうな。
 前は城ヶ崎君も運転手さんもいたし。でも今は車内には、私と常盤社長との二人っきりだ。

「どうぞ。野坂さんのためにいつも以上に安全運転で行くね。なに? もしかして野坂さん緊張してる? そう固くならないで」
「緊張しますよ。だってこんな……」

 車を運転する常盤社長の横顔が素敵に見えてしまう。
 あっ、別に好きとかじゃないからっ。
 このときめきは、かっこいい俳優さんとかをテレビや映画で見た時と同じですからっ。


 ――城ヶ崎君といる時の方が私はリラックスしてるし、私らしくいられるのを実感する。
 なんだかすごく……城ヶ崎君に会いたい。
 早く会って、城ヶ崎君の声が聞きたい。

「中山君に不快なことをまたされたら、遠慮なく相談してくれ」
「ああ、はい。ありがとうございます」

 思い出すとちょっとさっきのことが怖くて、手が震える。
 震えを知られてしまったのか、そっと常盤社長の手が私の手に重ねられる。

「大丈夫?」
「は、はい」

 すぐに離れた手だけど、常盤社長の手はお父さんみたいに大きくてあたたかった。

「私、恋愛経験があんまりないんです。こういう時にどうしたら良いか分からなくって。社長にもご迷惑かけてしまってすいません」
「迷惑だなんて思ってないよ。どんどん頼ってくれて構わないから。いざこざも上手く収めてこその社長なんだよ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると心強いです」

 少しの沈黙――。
 車のスピーカーからは静かで耳に心地よいBGMが流れてくる。

「見た目がどうもそう見えるのか勘違いされやすいけど、俺もそんなに大勢の女性と付き合ったことないから。まあ、経験ないよ。一人と長く付き合うからね」
「羨ましいです。一人と長くお付き合いするって理想的です。私、まだまだですね」
「相手が悪かっただけさ。野坂さんはとても魅力的だよ」
「……ありがとうございます」

 車は赤信号で停車――。
 私の方を見て、目を細めて優しく笑う常盤社長。
 今はとても柔らかい雰囲気。
 いつもの厳しい常盤社長と全然違う。

「俺は見合い結婚でさ。お互い政略結婚みたいなもんだった。でも元妻とはそれでも仲良く暮らそうとしたんだ。せっかくの縁で結婚して夫婦になったわけだしね」
「結婚って難しいですね。考えさせられます」
「好きになった相手と障害なく結婚出来たら理想だが。俺は親父から会社を受け継いだ時に自由なんてないと覚悟は決めたけど、やっぱり野坂さんのことが忘れられないんだ。だから離婚したといったら君には負担だよね。まあ、妻にも忘れられない男がいたみたいだからおあいこってとこかな」 
「――えっ? 私を忘れられないって……」

 常盤社長とは社長に就任する前から知ってはいるけれど、そんなに特別な関わり合いがあったとは思えないんだけどな……。

「覚えてない? じゃ、思い出すまで内緒。俺はけっこう前から君と知り合ってるんだけどね」
「ええっ、教えてください! 気になるじゃないですか」
「じゃあ今度、俺とデートしてくれるかな? デートってことはもちろん城ヶ崎君は抜きだよ」

 城ヶ崎君とつきあっているわけではないけれど、常盤社長とデートするのは気が進まないよ。
 すごく悪いことをするみたいで、城ヶ崎君を裏切ってしまうみたいで……。

「デートはしないです……。社長とデートは出来ません」
「残念。でも、また誘わせてくれる?」
「……社長はいい人そうだし、イケメンで誠実そうだけど。私、ごめんなさい、困ります」
「君って難攻不落だね。その方が燃えるよ。俺とのこともし思い出したら電話してくれても良いから」
「教えてくれないんですね」
「簡単に教えちゃったらつまらないでしょ。俺だけの秘密にしていたら、野坂さん気になって俺のことを考える時間が増えると思うんだよね」
「意地悪ですね」
「俺って策士ですから。ああ、ちょっとケーキ屋さんにでも寄ろうか。俺からのお見舞い。君と城ヶ崎君の好きなケーキを選ぶと良い」
「良いんですか?」
「もちろん。あっ、そこのケーキが美味いんだよな〜」

 常盤社長が車を向かわせる青山のケーキ屋さんはすごく洗練とされたヨーロッパにありそうな絵本に出てきそうなレンガの建物だった。パリで修行した有名パティシエがケーキを作っていることで私も知ってる。
 私はまだ食べたことはないんだけれどね。

「城ヶ崎君だが、彼はね、あと数年もすればうちの即戦力になれる男だよ。まだ成長途中でひよっこだけど、俺は目にかけてるから。恋のライバルとしても申し分ない」
「そうですね。城ヶ崎君は頑張っていますから」

 常盤社長の運転する車はスムーズにケーキ屋さんの駐車場に入って止まる。
 私はシートベルトをはずす。
 数秒、私と常盤社長の間には沈黙が漂う。

「……茜音」
「えっ? 茜音って……常盤社長?」
「俺とキスしたの覚えてないの? ヒントは俺の苗字が違うことかな」

 ちょ、ちょ、ちょっと待って?
 キスしたの?
 私、常盤社長とキスしたことがあるの?
 うそうそうそ〜っ!

 私は突然告げられた衝撃の言葉に卒倒しそうになった。
 力強い瞳で常盤社長が、私を見つめてた。
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