婚約破棄前提の溺愛同居生活でイケメン副社長と××をお試し中です
第1話 高校生の私がお見合い!?


〇鈴蘭坂学園高等部昇降口(一学期最終日の下校時刻)



夏休みを迎えた解放感で、ほとんどの生徒たちの表情は明るい。



女子生徒1「カキ氷食べに行こうよ~」

女子生徒2「いいね~」



そのすぐそばでは男子生徒が友人の肩を掴んでいる。



男子生徒「ゲーセン寄ってこうぜ」



じゃれ合っている男子生徒に声をかける男性教師。



教師「夏休みの宿題もちゃんとやれよー」



周りの楽しそうな雰囲気の中、ブレザーの制服をきっちりと着て胸まで伸びた赤茶色のふんわりとした髪をシンプルな黒いゴムでキュッとひとつに束ねている宮ノ内花は無言で靴に履き替えていた。

花は内心、かなり焦っている。





〇鈴蘭坂学園高等部正門(一学期最終日下校時刻)



話しながらだらだら歩く生徒たちの間をタタタッと走り抜けていく花。





〇花の家の最寄り駅



花は改札でタンッと定期をタッチし、改札を出るのと同時に再び走り出す。

すると曲がり角の所で、スッと出てきた人影。



花(危ないっ)



咄嗟に避けようとしたらバランスを崩し、花の視界に地面が迫ってきた。

転ぶのを覚悟した花はギュッと目を瞑る。

そんな花の身体が、逞しい腕でガシッと支えられた。

そぅッと目を開ける花。



花(転ん、で、ない?)



花のすぐそばから聞こえてくる、低いのに甘くて心地良い声。



創一郎「こんな所で走ると危ないよ」

花「ご、ごめんなさいっ」



声の主の方へ花が視線を向けると、黒髪で切れ長の目の端整な顔立ちをしている男性の姿が。

身につけているスッとしたグレーのスーツがよく似合う知的な顔に、清潔感漂う雰囲気。

おまけにモデルもできそうな足長スタイルで、芸能人のようなルックス。



花(うわぁ、素敵な人……)



創一郎「時間、大丈夫?」

花「ぇ?」

創一郎「急いでそうだったけど」



男性に見惚れていた花は、その指摘でハッと正気に戻る。



花「し、失礼しますっ」



ぶんッ、と音がしそうな勢いで頭を下げると、花は再び走り出した。

花の後ろ姿を見送った相澤創一郎は、足元に花の学生手帳が落ちているのに気付いて拾う。

口元へ生徒手帳を近付けると、満足そうに微笑む創一郎。



創一郎「久しぶりだね、花さん」





〇花の自宅一階玄関(帰宅直後)



まだ靴も脱いでいない花を、玄関に面した廊下に立って見下ろす継母。

継母の目は細く吊り上がっており、それを誤魔化すように厚い化粧が施されていた。



継母「遅いじゃないの。今日は終業式でしょう?」



冷たい視線が花に向けられている。



継母「麗羅はもう帰ってきてるわよ」

花「私の方が、通学に時間がかかるから……」

継母「言い訳は聞きたくないわ」



ずいッと買い物用のバッグを差し出す継母。



継母「夕食の買い物をお願いね。お金はあなたの財布から立て替えておいて」



暗い顔で花はバッグを受け取る。



花「わかりました」

継母「そうそう、月末の土曜日あけておいてちょうだい」

花「……?」



キョトンとした表情で花は継母を見上げた。



継母「あなたのお見合いが決まったから」



衝撃を受けた花は上手く言葉が出てこない。



花「み、みあ……!?」

継母「相手は西園田大之介さん。あなたも前に家で会った事があるでしょう?」

花「ぇ、西園田さんって、すごい年上の人ですよね」

継母「私と同い年よ。バツイチで、高齢のご両親がいるわ」



花(初対面で、私のおしり触った人……)





〇(回想)宮ノ内花の家一階リビング(ひと月前)



デン、とソファに座っている西園田。

西園田は小太りで、小刻みに足を揺らしている。



花「どうぞ」



西園田はお茶を出した花のお尻をスル……と撫でた。

気持ち悪い感触に、花はゾワリと鳥肌が立つ。

花が睨みつけたが、西園田は素知らぬふりをしている。

(回想終了)



〇再び花の自宅一階玄関(帰宅直後)



継母「病院の経営状況が苦しい事は、前に話したでしょ?」



花(三年前に父が亡くなって、継母が病院のお金に手を出すようになったから……)



花の頭の中に、大病院の風景と優しい院長だった父の姿が浮かぶ。



継母「このままでは人員削減や設備縮小、病床数削減は免れないわ」



花(そんな事になったら、病院のみんなが……っ)



継母「でもね、西園田さんがあなたとの結婚を条件に、病院へ資金援助すると約束してくださったの」



花の頭に浮かぶのは、父の遺した病院で働くスタッフや入院患者たち。

父が院長を務めていた病院は、この地域の医療を支える重要な役割を担っていた。



継母「まさか断らないわよね?」

花「だけど結婚って、私まだ高校生ですよ!?」

継母「でも来月で18歳でしょう?」

花「……ッ」



結婚できる年齢だと継母から指摘され、花は言葉に詰まってしまう。



継母「見合いなんてする必要ないけど、舅姑になる人が色々うるさいらしくって」

花「舅、姑……」

継母「外聞もあるから、お見合い結婚という体裁にしたいそうよ」



セクハラをしてくる相手との結婚に加え、干渉してきそうな義父母の存在を想像し青褪める花の顔。



継母「見合い当日のあなたの服装は、やっぱり着物かしらね」

花「……自分の着物なんて、持ってません」

継母「あなたの母親の形見があったでしょう?」



花(母の形見の着物……、振袖以外は継母のモノになってしまった)



継母「それを着ればいいわ」



そう告げる継母の隣に、ひとつ年下の義妹、麗羅がにやにやした表情を浮かべてやってきた。

父と継母は連れ子同士の再婚だったため、花と麗羅に血のつながりはない。

継母と麗羅の顔は驚くほど似ている。特に細く吊り上がった目が。



麗羅「あーよかった。これで彼氏に色目使われなくて済むわ」





〇(回想)宮ノ内花の家(二か月前)



花が家の階段を上がると、廊下に麗羅と麗羅の男友達の姿が。



麗羅の男友達「麗羅のねーちゃんっていっこ上だっけ?全然似てねーのな」



獲物を見つけたような感じで花に近付き、壁際へと追い詰めていく麗羅の男友達。



麗羅の男友達「お姉さん、目がパッチリしてて可愛い。彼氏いんの?」



男の後ろから、鬼のような形相で麗羅が花を睨みつけている。

(回想終了)





〇再び花の自宅一階玄関のシーンに戻る



麗羅「ふふ、結婚おめでと~」



勝ち誇ったような顔で麗羅が告げる。



花「……買い物に行ってきます」



俯きながら花は家を出て行った。





〇花の自宅近くの公園



ベンチでひとりポツンと座っている花。

俯いた表情はとても暗い。



創一郎「花さん」



名前を呼ばれて花は顔を上げた。

自分の名前を呼んだ相手が先ほど駅でぶつかりそうになった男性だったため、花は驚いたような表情になる。



花「さっきの……」

創一郎「渡したい物があって」



花(どうしてここに?それに名前まで知ってるなんて、まさかストーカー!?)



創一郎「これ、落としましたよ」



創一郎が差し出した生徒手帳には、花の名前と住所が書いてある。



花(そっか、これに名前と住所が……)



創一郎が穏やかに微笑んだ。



創一郎「交番に届けるより、直接お届けした方が早そうだったから」

花「ぁ、ありがとうございます」



花(ぅわ~、失礼な勘違いしちゃって申し訳ない……)



創一郎「何か悩み事ですか?」

花「ぇ?」

創一郎「考え込んでいたようなので。話くらいなら聞きますよ?」



創一郎は花の隣に座った。



花(もう二度と会わない人だし、少しくらい愚痴ってもいいのかな……)



花「私、結婚するんです」

創一郎「け……」



端正な顔立ちの創一郎が、少し驚いたようにポカンとしている。



花(こんな表情もするんだ……なんか、可愛いかも)



軽く咳払いをする創一郎。



創一郎「ええっと、お付き合いされている方が……そう、ですね、いますよね」


 
真剣な眼差しで、創一郎は花の事を見つめた。



創一郎「どんな方なんですか?」



花は沈黙する。



花(……どんな方、なんだろう?)



創一郎は、少し困ったように微笑んだ。



創一郎「失礼、不躾な質問でしたね」

花「あ、いえ……違うんです……私も、分からなくて」



創一郎が怪訝そうに眉を寄せる。



創一郎「わからない、とは?」

花「今度お見合いをするんです」

創一郎「お見合い?」

花「結婚することはほぼ決まっていて」



花が苦笑いを浮かべる。

創一郎は切なさを隠したような笑みを花に向けた。



創一郎「そうですか……どうか、お幸せに」



花の表情が凍りついたようにピシッと固まる。



花(幸せに?結婚したら幸せになれるの?)



不意に瞳が潤んで、涙がこぼれそうになった花。



花(分からない。でも、私には他にどうすることもできない)



泣いているところを他人に見せたくなくて、花は頭を下げた。



花(優しく守ってくれた人はもうそばにいない。母も、父も、相澤のお爺様も)



すぅっと小さく息を吸い、キュッと唇に力を入れて、花は顔を上げる。



花「ありがとうございます」



創一郎は優しい眼差しを向けると、大きな手で花の頭に触れ子どもを慰めるようにゆっくりと撫でた。



創一郎「もし差し支えなければ、お見合い結婚をする事情を聞かせてもらえませんか」

花「ぇ……?」

創一郎「人に話すだけで、気持ちが楽になることもありますよ」



花の視界が再び滲んでいく。



花(両親が生きていたら……相澤のお爺様が日本にいたら……、こんな風に優しく私の話を聞いてくれたのかな)



創一郎の顔を潤んだ瞳で見つめ、花は話し始める。



花「あの、私……」



創一郎は花に穏やかな眼差しを向け、話を遮ることなく時々相槌を打ちながら耳を傾けていた。





〇料亭近くの交差点(7月末の土曜日)



夏物のフォーマルな洋装姿の継母が、肘にバッグ(アルファベットのAとZを重ね合わせたようなロゴマークがついたもの)をかけた方の手で日傘を持ち、もう一方の手に持った扇子で自分の顔をあおぎながら信号待ちをしている。



継母「ジメジメして暑いわね」



継母の少し後ろにいる振袖姿の花。

花がぼんやりと眺めている向かいの歩道には、デート中と見える高校生くらいの男女がいた。

女の子は夏らしいノースリーブのワンピースで、明るい表情の笑みを浮かべている。



花(幸せそう、いいなぁ……)





〇お見合いの場となる料亭(7月末の土曜日)



趣があり伝統を感じさせる料亭に入ると、仲居達が出迎えてくれた。



案内係の女性「『桜の間』へご案内いたします」



花は口にハンカチを当てている。



花(着物がつらい、吐きそぅ……)



庭に面した長い廊下を、案内係の女性と継母について歩いていく花。



案内係の女性「庭園の方は散策できますので、もしよろしければ後ほどご覧ください」



庭の方を案内係の女性が手で示してるが、花は顔色が悪く俯いたまま歩くのがやっとの状態。



花(お見合いなんてしたくない、逃げ出したい……)



一番奥の部屋に着くと、案内係の女性は膝をついて襖を開けた。



案内係の女性「宮ノ内様がお見えになりました」



室内にいる人物へ、案内係の女性が声をかける。

開かれた襖の前へ進んだ継母。

花は西園田が待つその部屋に近付きたくなくて、継母の後に続くことができず立ち止まってしまう。



花(もう逃げられない、西園田さんが部屋で待ってる……)



継母は、部屋の中を一目見て怪訝そうな表情になった。



継母「あの、部屋をお間違えではないですか」



襖の所で正座している案内係の女性に向かって、継母が厳しい視線と口調で告げた。

すると部屋の中から聞こえてきた男性の声。



男性「こちらの部屋で合ってますよ」



花(今の、声……?)



継母と部屋の中にいるであろう人物の会話に、戸惑いの表情を浮かべる花。



男性「西園田さんから、お見合いの権利を譲っていただきました」

継母「は?」

男性「花さんのお見合い相手は、私です」

継母「何を馬鹿げたことを」



継母がズカズカと部屋の中へ入っていく。

花は慌ててその後を追って、部屋の入り口に立ち室内へ目を向けた。



花(ああ……、やっぱり)



室内にいる人物と目が合った瞬間、涙が浮かび滲んでぼやけていく花の視界。



創一郎「相澤創一郎と申します。またお会いできて光栄です」



ネイビーのスーツを綺麗に着こなした創一郎が優しい眼差しで微笑んでいた。

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