Einsatz─あの日のミュージカル・スコア─

第15話 出会いと別れ

「なぁなぁ美咲ちゃん、もしかしてあの人かなぁ? めっちゃイケメンなんやけど!」

 人通りの多い場所なので声は控えめだけれど、華子がはしゃいでいるのは一目瞭然だ。彼女が言う〝あの人〟は、裕人の隣を歩く男性だ。

 裕人の先輩・大塚遥亮(おおつかようすけ)を華子に紹介する日、裕人と美咲も最初だけ同席することになった。華子が住んでいる近くの駅で待ち合わせ、美咲と華子が先に到着していると裕人と遥亮の姿が見えた。九月末の土曜日で裕人は普段は仕事をしているけれど、この日は臨時休業にしたらしい。

 近くのカフェに場所を移し、昼食をとりながらしばらく四人で雑談をしていた。注文した飲み物がなくなる頃には華子と遥亮が打ち解けていたので、遥亮が飲み物をお代わりするのを見てから裕人は美咲を誘って店を出た。

「一応、中学の卒業アルバムの写真を先輩に見せててん。可愛いなぁって言ってたから……、いけそうやな」
「うん。あとは性格が合うか……」

 裕人も美咲も特に行きたいところがなかったので、そのまま帰ろうと駅のほうへ向かう。二人とも交通系のICカードを持っていたので切符は買わず、まっすぐ改札へ──向かいかけたとき裕人のスマホが鳴った。

「ん? LINE……トモ君や……え?」
 裕人が壁際へ寄ったので、美咲も後を追った。裕人が『電話できるか?』と聞くと大丈夫だと返事があったので、裕人は電話をかけた。
 長引くようなら先に帰ろうかと美咲は考えていたけれど、裕人は〝ちょっと待て〟と合図した。

 朋之は裕人に連絡していなかったけれど、なんとなく足がHair Salon HIROに向いたらしい。店の前でシャッターが閉まっているのに気付き、仕方ないのでまたなんとなく電車に乗った。

「それでおまえ、どこにいるん?」
 朋之が裕人に何の用事だったのかは、まだわかっていない。

「ふぅん……何かあったんか? 全然元気ないやん」
 出会った頃も、今も相変わらず笑顔のほうが多い裕人が珍しく真剣な顔をしていた。

「それなら俺いま近くにいるから行くわ。あ、紀伊も一緒やけど、ええか?」
 突然出てきた自分の名前に驚いて、美咲は思わず裕人のほうを見る。裕人は電話しながら歩き始め、美咲にも付いてくるように合図した。

 裕人は美咲と一緒にいる理由を簡単に説明し、朋之にも何をしに来たのか聞いた。裕人に連絡をしてきたのとは別件で、楽器屋に行こうと思っていたらしい。

 先ほど華子と別れたのとは別のカフェに到着すると、朋之が待っていた。出会った頃とも再会した頃とも違う、暗い顔をしていた。
 店に入って席についてから、裕人は改めて美容室を臨時休業にしたことを謝っていた。軽く雑談をしている間に、注文したアイスコーヒーが三つ運ばれてきた。

「それで、どうしたん?」
 裕人が聞くと、朋之はゆっくり話しだした。
「最近、嫁の家事が雑でな」

 社長の娘で金銭的余裕もあり、朋之の稼ぎで生活できたので初めは専業主婦をしていたけれど、家でできる趣味もないので短時間のパートを始めた。初めは帰宅してから頑張って家事をしていたけれど、徐々に掃除の頻度が下がり、夕食の品数も減った。

「それくらい良いんちゃうん? 働いて帰ってきてから家事ってしんどいで」

 裕人の言葉に美咲も同意した。美咲は専業主婦なので余裕があるけれど、それでもときどき手抜きはしたくなる。

「うん、それは別に良いねん。俺も完璧は求めてないし、やってくれてるだけありがたいで。俺、平日は仕事やし、週末も出掛けてるし」

 朋之は結婚前から合唱団に入っていて、週末に家を空けることは話していたらしい。時期によっては練習が長引いて帰宅が遅くなるので、そんなときは手抜きで良いといつも伝えていた。
 だったら何が悪いのか、と裕人は続きを聞いた。

「こないだ、いつもより早く帰ったら──あいつのクローゼットが開いててな」

 少し散らかっていたので片付けの途中なのか、と思いながらふと見ると、普段使っているものの奥に朋之の知らない高級ブランドの服や鞄がいくつも入っていた。

「俺の給料で買える金額じゃなくてな。社長に助けてもらってるわけでもなかったし……。通帳見たら残高ほとんどなかった」

 朋之の妻がパートを始めた理由は、生活費が底をつきそうだったからだと白状したらしい。高級ブランドの服を着てどこへ行くのかと聞いたけれど、単に着飾りたかっただけだと何度も主張した。

「俺──離婚しようと思う」
「えっ、奥さんは反省してないん? 許せへんの?」
「反省してるけど、前にも──カード使い込まれたことあってな。その時に、次はないぞ、って言ったから」

 朋之は妻を一旦実家に帰らせているらしい。住んでいる家は朋之名義だけれど社長がお金を出してくれたので、休み明けに今後のことを相談すると言った。

「ごめんな、こんな話」
「いや、ええよ。友達やし。いつでも相談のるで」
「うん。私も……力になれるかは、わかれへんけど。明日は……練習行くん?」
「あ──コンサート近いから、一応行くわ」
「トモ君、楽器屋行くとか行ってたよな? 一緒に行こか?」

 朋之はまだ楽器屋には行っていなかったので、裕人が付き添った。もちろん朋之を元気付けるためだ。ギターのアクセサリーをいくつか見たいらしい。

 美咲は家で航が待っているので帰宅し、久しぶりに二人で義実家に顔を出した。航が『美咲は華子と会っていた』と話しだしたので、同級生の先輩を紹介すると喜んでいた、と簡単に後を続けた。一緒に夕食をとってから帰宅すると華子からLINEがあって、無事に先輩と付き合うことになったと報告してくれた。

 朋之のことは美咲は誰にも話さなかった。裕人から『俺より会うこと多いやろうから気にしてやってな』というLINEが夜中に届いていた。
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