悲恋の大空

第12話「デスデイズ」

 朝の出来事。


 
[原地 洋助]
 「……ふぁ」



 施設の前で欠伸(あくび)をしながら自転車置き場で準備をしている原地がそこに居た。



[仁ノ岡 塁]
 「はっはっははー」


[原地 洋助]
 「……?」


[仁ノ岡 塁]
 「良い朝だな、洋助」


[原地 洋助]
 「……塁?おはよう」


[仁ノ岡 塁]
 「ああ、おはよう」



 お互い朝の挨拶を交わす仁ノ岡と原地。


 そして仁ノ岡も原地の隣につき、自転車を走らせる為に自転車の鍵へと手を掛ける。



[原地 洋助]
 「へぇ、何?もう学校行けるの?」


[仁ノ岡 塁]
 「そうだ洋助、我の大罪をどうか許してくれ」


[原地 洋助]
 「ん?」



 なんの事か分からず聞き返す原地。



[仁ノ岡 塁]
 「友情より、恋心(れんしん)を取ってしまった俺様の罪を……」



 その捨て台詞の後に、先に自転車に乗って通学路へと走り出す仁ノ岡だった。



[原地 洋助]
 「なに、どう言う事」


[不尾丸 論]
 「塁が朝蔵先輩と付き合うらしい」



 そこに通り掛かる不尾丸。



[原地 洋助]
 「えっ!?……おい待て塁!!」



 原地は仁ノ岡の後を追うように、自転車で走り去って行く。



[不尾丸 論]
 「……あーあ、寂しいな」



 ……。



[仁ノ岡 塁]
 「……」



 学校に着いて静かに廊下を歩く仁ノ岡。



[1年女子A]
 「ねぇ、あれ仁ノ岡くんだよね?」


[1年女子B]
 「あ、そうだよ。学校、来たんだね……」



 周りの女子達はそんな仁ノ岡を見てヒソヒソと何か話している。


 すると仁ノ岡の背後からある人物が迫って来て、その人物が仁ノ岡の肩を掴む。



[原地 洋助]
 「お、おい塁……くん」


[仁ノ岡 塁]
 「おっと……なんだお前か」



 仁ノ岡が原地の方を向く。



[原地 洋助]
 「論……くんが言ってたけど、お前が……塁くんが大空先輩と付き合うって、どう言う事かなー?」



 原地は仁ノ岡に対して作り笑いを浮かべる。



[仁ノ岡 塁]
 「そのままの意味だが?」


[原地 洋助]
 「え……なんか妙に堂々としてるけど、ボクが大空先輩の事好きだって知ってるよね?」


[仁ノ岡 塁]
 「ああ、と言うかお前。その喋り方はなんだ?"塁くん"とか馴れんのだが……」



 そう言って仁ノ岡は気まずそうに原地から目を逸らす。



[原地 洋助]
 「お……ボクだって動揺しながら頑張って喋ってんだよ、引いてないで合わせろ馬鹿」



 周りを気にして声が小さくなる原地。



[仁ノ岡 塁]
 「なんでこの俺様が合わせなくてはならんのだ。まあ安心しろ。あいつはまだ、完全に俺様のものではない」


[原地 洋助]
 「なに?」


[仁ノ岡 塁]
 「……振られた。あの女、自分から誘ってきたと言うのに断るとはどう言う事だ?本当に、変な女だ」


[原地 洋助]
 「……へ、変なのは君の方だろう!だってずっと『女には興味無い』とか言ってたのに、急にどうしちゃったんだよ?」


[仁ノ岡 塁]
 「ん?……まず大前提に、あれは普通の女ではない。俺と同じ『特別』……。そう、例えるなら女神。俺様だけの"メリィ"だ、だから興味が出た」



 顎にスリスリと手を当てながら自信満々に語りだす仁ノ岡。



[原地 洋助]
 「は?意味分かんな……」


[仁ノ岡 塁]
 「お前こそなんだ、一昔前のお前はもっと……俺は前のお前の方が好きだな……そう!まさに己を貫いていた。今のお前は、媚びていて自分が無い。見てて(あわ)れだ」


[原地 洋助]
 「は!?い、今その話関係無いだろ!」





 ザワザワ……。





[1年男子A]
 「何やってんだあいつら……」


[1年男子B]
 「あん?険悪な雰囲気にみえるけど、喧嘩してんのかぁ?」



 原地は仁ノ岡とのやり取りを人に見られている事に気付く。



[原地 洋助]
 「……チッ、ちょ、ちょっと場所変えようか?」


[仁ノ岡 塁]
 「すまないが洋助、そんな時間は無い。もうすぐ授業も始まる。話の続きは院に戻ってからで頼む。さらばだ」


[原地 洋助]
 「あぁっ……」



 ……。



[永瀬 里沙]
 「いやぁ〜大空様は相変わらず、モテますわねー!よっ!罪な女!」


[朝蔵 大空]
 「……」



 私はハイテンションな里沙ちゃんに苦笑いしか出来ないでいた。



[永瀬 里沙]
 「ちょっと〜少しは喜びなさいよー」



 そう言って里沙ちゃんは私の頭をワシワシと撫で回す。



[朝蔵 大空]
 「い、いや、私は卯月くんしか……」


[永瀬 里沙]
 「あーも!良いからそいつは!別れなさいそんな奴!あっちの方が断然良い男なんだから〜イケメンだし」



 もう、里沙ちゃんはイケメンイケメンしか言わないんだから……。



[朝蔵 大空]
 「り、里沙ちゃんも無神経な事言うなぁ〜……」



 とりあえずあの時はしっかり断らせてもらったけど。


 なんでこうなってんの?





 "私、よく覚えてない"





[朝蔵 大空]
 「てーか里沙ちゃん、私の隣に本人居る事忘れてない?」


[卯月 神]
 「……」



 今まで話した内容ぜーんぶ隣の卯月くんにバッチリ聞かれていると思う。


 おかげで私は気まずくてしょうがなかった。



[永瀬 里沙]
 「あ!ごめん、影薄すぎて気付かなかったわ〜!」



 里沙ちゃんなんか卯月くんに当たり強くない?



[朝蔵 大空]
 「もう!里沙ちゃん!卯月くんが可哀想でしょ!?」


[卯月 神]
 「……気にしてないですよ」



 いや、確かに言ってないけどね、この子が私の彼氏だって事はまだはっきりとは。


 早くダブルデートして、私にとって卯月くんが私の彼氏としてどれだけ相応しいか……里沙ちゃんに見せつけたい!


 でも相手が……。



[朝蔵 大空]
 「……」


 ……良い事思い付いた。


 その次の時間、私はすぐに真昼の教室に乗り込んだ。



[朝蔵 真昼]
 「なに」



 私は、自分の席に座っていた真昼に声を掛ける。



[朝蔵 大空]
 「真昼!今度の日曜、空いてる?」


[朝蔵 真昼]
 「ん、一応空いてるけど」


[不尾丸 論]
 「……?」



 近くに居た不尾丸が、大空と真昼の会話に耳を傾ける。



[朝蔵 大空]
 「あのね、『お願い』があるんだけど……」



 ……。



[原地 洋助]
 (ああくそ、塁の奴相変わらず何考えてるか分かんねー)





 コンコンコンっ!!





 部活から帰って来た原地が、仁ノ岡の部屋のドアを勢い良く叩く。





 コンコンコンっ!





[原地 洋助]
 「ちょっと!居るんでしょ!!」





 コンコンコンっ!





 だが、部屋の中の人物はなんとも反応を示さない。



[原地 洋助]
 「開けるよ!」



 痺れを切らして勝手に部屋に入って行ってしまう原地。



[原地 洋助]
 「暗っ、電気ぐらいつけなよ」



 仁ノ岡の部屋は電気がついておらず、窓からの微かな光と、廊下側の明かりだけが射し込んでいた。



[仁ノ岡 塁]
 「……」



 仁ノ岡は硬い床に倒れ込んで、『すぅすぅ』と寝息を立てて寝ているようだった。



[原地 洋助]
 「し、死んでる。部活も無いくせに、普段引きこもってるから……はぁ」



 原地は仁ノ岡の体を引っ張り起こし、仁ノ岡をベッドの方に投げ込んだ。



[原地 洋助]
 (軽っ、おれより身長高いよね?)


[原地 洋助]
 「心配になる……」



 ……。



 そして休日の朝。


 私服の私は駅前で友人を待っていた。



[永瀬 里沙]
 「おはよー!」


[朝蔵 大空]
 「おはよっ」



 同じく私服の可愛い里沙ちゃんが、私を見つけてこちらに掛けて来る。


 そうです!


 今日は友達の里沙ちゃんを誘ってお外へお出かけ!



[永瀬 里沙]
 「どこ行く?」


[朝蔵 大空]
 「行ってからのお楽しみ〜」



 ふふーん、まだ教えないよー!里沙ちゃん♡



[永瀬 里沙]
 「えぇ、どこだろっ?」



 後ろから着いて来る里沙ちゃんは呑気に頭からカラフルな音符マークを出しながらルンルンとしている。


 フフフ、私の企みがバレてないようで良かったー。


 そのまま、今の内にご機嫌にしてると良いわ!



[朝蔵 大空]
 「もうすぐ着くよ♪」


[永瀬 里沙]
 「この辺って……もしかして『ワガナカランド』!!?」


[朝蔵 大空]
 「ん〜〜〜正解!」



 テーマパーク『ワガナカランド』……県内でも大人気の遊園地。


 昔、"家族"でよく行ったなー。


 ま、今回も"家族のひとり"を連れて来た訳だけど……。



[永瀬 里沙]
 「やったー!!もー、大空ったら……先に教えてくれたらお揃いのカチューシャとか買ったのに」


[朝蔵 大空]
 「ごめんごめん、でもお揃いなら私より、今日の彼氏とやれば?」


[永瀬 里沙]
 「きょ、今日の彼氏?」



 お察しの通り、今日で私はずっと夢だったダブルデートを実現させる!





[朝蔵 真昼]
 「里沙さーん!!」





 (こと)に成功した!!



[永瀬 里沙]
 「え……真昼くん!?」



 こちらに掛けて来る真昼に気が付いて顔を青ざめる里沙ちゃん。



[朝蔵 大空]
 「あはははは!」



 私は堪えていた笑いがついに吹き出し、その場で天に顔を上げて笑い散らかす。



[永瀬 里沙]
 「ちょ、ちょ、どう言う事!?」


[朝蔵 大空]
 「いやー、ちょっと里沙ちゃんの懲らしめてやろーかなって!私の卯月くんを蔑ろにした罰♡」


[永瀬 里沙]
 「はっ?そ、そんな……」


[朝蔵 真昼]
 「里沙さ〜〜〜ん!!」



 里沙ちゃんにぎゅっと抱き着き、離そうとしない真昼。


 あーもー!うちの弟はこんなに可愛い!


 普段はドライなくせに、好きな人にはデレデレな所が……。


 グッド!!!



[永瀬 里沙]
 「う、うわうわうわうわぁぁ」


[朝蔵 大空]
 「どうして今まで気付かなかったんだろ〜。『灯台もと暗し』……里沙ちゃんに相応しい相手って、よく考えたら真昼しか居ないじゃん!って事に、やっと気付いたのー」


[永瀬 里沙]
 「ち、チクショーまたやられた!」



 私はよく、お調子者の里沙ちゃんを懲らしめる時に身内の『真昼』を使う。


 1年前……。





[朝蔵 大空]
 『ねぇ里沙ちゃん、うちの真昼と付き合ってやってよ』


[永瀬 里沙]
 『えっ……うーん遠慮しときます』


[朝蔵 大空]
 『なんで?いっつも顔の良い彼氏欲しいって言ってたじゃん。うちの弟じゃ不満?』


[永瀬 里沙]
 『い、いやぁ、可愛いとは思うけど……』


[朝蔵 大空]
 『うちの真昼も難しい性格でね……滅多に他人に興味を示さないの。だからこんなに好かれてるのは里沙ちゃんが多分初めて……』


[永瀬 里沙]
 『えっとー、うーん、はぁ…………あんたの弟、ちょっと愛し方が病的すぎんのよ……』





 ……。



[朝蔵 真昼]
 「里沙さぁん、里沙さん、好き好き好き……」


[永瀬 里沙]
 「ひーっ」



 羨ましい!世界一可愛い我が弟にこんなに愛されてて!!


 早く付き合ってよ、その方が私も楽!


 里沙ちゃんもなんでいつまでも渋ってるのか分かんない。



[永瀬 里沙]
 「大空ごめん!何か気に障ったなら謝るから!早くこの子離して!」


[朝蔵 真昼]
 「えーっ!離れないでよ里沙さーん!」


[永瀬 里沙]
 「ひぃ〜、ねぇ大空!もう良いでしょ!もう許して!おねがーい〜」


[朝蔵 大空]
 「ダメ!今日一日は付き合ってもらうから、さぁ行こう!卯月くん!」


[卯月 神]
 「は、はい」



 私は卯月くんの背中を押しながらパークの中へと進んで行く。



[永瀬 里沙]
 「卯月!?あんたも居たの……」


[朝蔵 真昼]
 「……里沙さん!ぼく以外の男の人なんか、見ちゃダメなんだからね」


[永瀬 里沙]
 「うっ……!」



 そう言って里沙の腰に回した腕の力を強くする真昼。



[永瀬 里沙]
 「そんな……」


[永瀬 里沙]
 (今日一日この子から離れられないなんて……死んだ方がマシかも)





 つづく……。
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