悲恋の大空
第3章「新緑」

第1話「進捗は夕方」前編

 夏休み前の最後の日。


 私は今日も学校に行く。



[朝蔵 大空]
 「卯月くーん!」


[卯月 神]
 「……!」



 公園の前で立って待っていた卯月くんに私は急いで駆け寄る。



[朝蔵 大空]
 「おはよっ」


[卯月 神]
 「おはようございます」



 私が卯月くんに微笑み掛けると、卯月くんも柔らかい笑顔で返してくれる。


 私はそれがとてつもなく嬉しい。


 だって、朝から好きな人に会えるんだもの。



[朝蔵 大空]
 「うん……ねぇねぇ」



 私はあるお願い事をしたくて、上目遣いで卯月くんを見つめてみる。



[卯月 神]
 「ん?」



 卯月くんは尋ねるように首を傾ける。



[朝蔵 大空]
 「朝の、さ……しよ?」



 私は照れながらも頑張って背伸びし、卯月くんの耳元でアピールする。



[卯月 神]
 「っ!……こ、こで、ですか?」



 私の考えている事を察した卯月くんは驚いて、その頬を微かにピンクに染める。



[朝蔵 大空]
 「誰も見てない……し」



 やっぱり恥ずかしい私は、恥ずかしさを誤魔化すように無理やりにニヒッと笑う。



[卯月 神]
 「……」


[朝蔵 大空]
 「……」



 私達はお互いの手を握って、体温を感じ合いながら目を閉じ、朝のキスをした。


 ……。



[永瀬 里沙]
 「大空おはよー……!?」


[卯月 神]
 「……」


[朝蔵 大空]
 「おはよ!」



 学校に着いて教室に入る、私は友達の里沙ちゃんに朝の挨拶をし合う。



[永瀬 里沙]
 「!?」


[朝蔵 大空]
 「……?」


[永瀬 里沙]
 「きょ、今日は一緒に登校?」



 里沙ちゃんは目をぱちぱちとさせて驚いた様子で私達ふたりを見ている。



[朝蔵 大空]
 「あっ、うん、まぁね」



 そ、そんなに驚かれるとは思ってなかった。


 でも好きな人とは出来るだけ多くの時間を一緒に過ごしたいし。


 私だって卯月くんと一緒に登校したくなっちゃったんだもん!



[クラスメイトA]
 「あのふたりってやっぱり……」


[クラスメイトB]
 「隠れて付き合ってんだろ?」


[クラスメイトC]
 「良いなぁ、俺も可愛い彼女欲しぃー!」



 大空達には聞こえないように、ヒソヒソと話しているクラスメイト。



[朝蔵 大空]
 「……」



 私はいつものように自分の席へと向かい、席に着く。



[朝蔵 大空]
 「!?」



 えっ!?


 座ったばかりの椅子って少しひんやりしてるはずなんだけど……。


 何故か温かい!



[文島 秋]
 「朝蔵ちゃん何してんの!?」


[朝蔵 大空]
 「えっ、何!?」



 私はびっくりして体が跳ね上がる。



[朝蔵 大空]
 「……!?」


[木之本 夏樹]
 「……」



 後ろを見たら木之本くんが居た。


 私が座ろうとしていた椅子に、既に木之本くんが座っていた。



[朝蔵 大空]
 「な、なんで木之本くんが私の席に!?」


[木之本 夏樹]
 「えっ」


[永瀬 里沙]
 「大空違う!!あんたの席はあっち!」



 里沙ちゃんが前の方の席を指さす。



[朝蔵 大空]
 「どう言う事っ!?」



 私の席は窓側の一番後ろの席でしょう!?



[永瀬 里沙]
 「昨日席替えしたのよ、あんた休んでたでしょ」
 

[朝蔵 大空]
 「あ……」



 そう、私は昨日……前日川に服のまま入水してしまったせいで体調が悪くなり、学校を休んでいた。


 私が休んでいる間に皆んな席替えしたんだね、全然知らなかった。



[朝蔵 大空]
 「あ、そっか……木之本くん、ごめんなさい!」


[木之本 夏樹]
 「えっ、いや、別に良い……けど」



 私はただただ恥ずかしくて、自分の本当の席へと走った。



[木之本 夏樹]
 「……」


[文島 秋]
 「あーびっくりした。木之本、ちょっと嬉しかっただろ?」


[木之本 夏樹]
 「!?」


[文島 秋]
 「そのまま後ろから抱きしめちゃえば良かったのに〜」


[木之本 夏樹]
 「……なっ!」



 文島のとんでも発言に、固まってしまう木之本であった。


 ……。



[朝蔵 大空]
 「えーっと、今日1限目なんだっけー……ん?」



 そう呟きながら、私はカバンの中身をゴソゴソと漁る。



[永瀬 里沙]
 「どしたー?」


[朝蔵 大空]
 「地図帳が無い」



 プチ絶望の瞬間。



[永瀬 里沙]
 「えー、ちゃんと探した?」


[朝蔵 大空]
 「探したよ〜……あっ思い出した」



 数日前の事、休み時間に名前も知らない男の人の3年の先輩が私達の教室を訪ねてきて。


 『誰か地図帳貸して!』とか言って来て、それで私が貸したんだった……。



[朝蔵 大空]
 「あれ返してもらってないんだった」


[永瀬 里沙]
 「あーあの時の?もー」


[朝蔵 大空]
 「うん……あれ誰?」


[永瀬 里沙]
 「分からん、特に顔が良い訳でもなかったからノーチェックだわ」



 あぁ、里沙ちゃんがイケメンでもない男の子の事なんて覚えてるはずがないよね。



[朝蔵 大空]
 「はぁ、もーうめんどくさーい〜。今日使うのに」


[永瀬 里沙]
 「借りたんだったら自分で返しに来て欲しいよねー、これだからブサ面はぁ〜」



 里沙ちゃんそれは言い過ぎだよ……。


 て言うか本当に面倒だな。



[朝蔵 大空]
 「良いや、ちょっと3年の教室行って来る」



 本人多分借りてる事忘れてるんだろうな、
仕方無いし私が行こう。



[永瀬 里沙]
 「あ、私も行くよ」



 私は里沙ちゃんと共に、3年生の教室へと向かった。


 ……。



[朝蔵 大空]
 「えっ?」


[3年男子A]
 「えっ?俺君から借りたっけ?」



 おいおい、困る困る。


 貸した人は本人の顔を見て思い出したから良かったけど。


 間違い無く私はこの人に地図帳を貸したのに、私の目の前の人は『そうだっけ?』みたいな顔をしている。



[朝蔵 大空]
 「え、この前貸したと思うんですが……」


[3年男子B]
 「お前……また失くしたんじゃね?」


[3年男子A]
 「無い無い……」


[3年男子C]
 「さいてー、すぐ人の物失くすじゃんお前!」


[3年男子A]
 「ごめん!どっかやっちゃったみたい!!」



 はーーーふざけんな!?


 って、怒鳴って言ってやりたいところだが……。



[朝蔵 大空]
 「あ、そうなんですね」



 相手は一応先輩なのでここはグッと我慢をしよう。


 私はなんとか顔に怒りの表情が出ないように堪える。



[永瀬 里沙]
 「え〜!何してくれてるんですか?!」



 里沙ちゃんが私の代わりに怒ってくれる。


 ありがとう里沙ちゃん、私の気持ちを代弁してくれて。



[朝蔵 大空]
 「り、里沙ちゃん良いよ。もう帰ろ」


[永瀬 里沙]
 「え、でも困るじゃん……?」



 ここで言い争いになっても余計面倒だし、ここはこちらが引こう……。



[3年男子A]
 「ほんとごめんな?ジュース奢るから許してくんない?」


[3年男子B]
 「お前!それじゃ全然償いになんねぇから」


[3年男子C]
 「アハハ!ウケる!!」



 私はもう見ず知らずの人に一生自分の持ち物を貸しません、今誓いました。


 3年生って最高学年なだけあって、お調子を乗られてる方が多いんですね。


 ……。



[朝蔵 大空]
 「はぁ災難……でも」



 でもでもでも!


 明日からは待ちに待った夏休み!


 よーし!思う存分ダラダラ過ごすぞー!!



[永瀬 里沙]
 「ねぇあんた、今日どうするの?地図帳無いと言われるよ、先生に」


[朝蔵 大空]
 「あーうんそうだよね、忘れるとしつこいよねあの先生」



 うちの社会の先生は忘れ物をするとしばらくネチネチ言ってくる。


 忘れ物をした生徒が居ると、授業中ずっとイライラしながらやられる。


 本当に面倒臭いなぁ。



[朝蔵 大空]
 「他クラスになんて借りれる友達居ないよ……私」


[永瀬 里沙]
 「あら居るじゃないS氏が」



 ここで里沙ちゃんが言うS氏とは、"嫉束界魔"くんの事である。


 あれは友達と言うより……うーん。



[朝蔵 大空]
 「あれから借りるのはハードル高すぎでしょ」


[永瀬 里沙]
 「じゃあ……」


[朝蔵 大空]
 「あーもう良い!私社会休む!!」


[永瀬 里沙]
 「そ、大空!?」



 簡単な事よ、最初から私は居ない存在と言う事にすれば。


 忘れ物した事にならない、だから怒られない。


 私は仮病を使う準備をして、保健室へと向かった。


 ……。



[朝蔵 大空]
 「すみません、少し頭が痛くて……」


[保健室の先生]
 「あら、じゃあ熱測りましょうか」


[朝蔵 大空]
 「はい……」


[保健室の先生]
 「大丈夫?ベッド使う?」


[朝蔵 大空]
 「は、はい」



 私はこの時間は保健室のベッドで寝て過ごす事にした。



[朝蔵 大空]
 「……」



 あー、特に眠くもないし最高に無駄な時間って感じ。


 自分でやった事だけど、授業をサボるってやっぱ罪悪感凄い。



[朝蔵 大空]
 「はぁ」



 あ、でもこの感じ懐かしい、中学の頃はこうやってよく保健室で意味も無く過ごしてたっけ。


 ……あれ?



[朝蔵 大空]
 「いっ……!?」



 その時、急に頭痛がして、目の奥がズキズキと痛みだした。



[保健室の先生]
 「だ、大丈夫朝蔵さん!?」


[朝蔵 大空]
 「は、はい、痛くて……」



 仮病のつもりだったのに、本当に頭が痛くなるなんて……。



[朝蔵 大空]
 「はぁはぁ……」


[保健室の先生]
 「本当に大丈夫?今日はもう早退しちゃった方が……」


[朝蔵 大空]
 「……」



 痛みは一瞬で、気付いた時には頭の痛みは引いていた。


 なんだったんだろう今の……。



[朝蔵 大空]
 「あ、あの私……」



 でもこの感じ、この前お父さんの部屋のアルバムを見た時も、こんなんになったような……。



[保健室の先生]
 「うん?」


[朝蔵 大空]
 「えっと……」



 どうしちゃったんだろう、私。



[保健室の先生]
 「まあ、もうちょっと寝てた方が良いかもね。何かあったら呼んで下さい?」


[朝蔵 大空]
 「は、はい……」



 授業をサボった罰なのか、本当に体調が悪くなってしまった私は、その1時間は安静にして過ごした。


 まだ風邪が治り切ってなかったのかも。


 ……。


 その日は午後の授業は普通に受け、放課後になって私は真っ直ぐ家に帰った。



[朝蔵 大空]
 「……」



 家に帰ってまずする事、普段の私は自室に(こも)って漫画を読み耽るのだが……。


 今日は違った。





 コンコン。





 私は控えめにノックをする。



[朝蔵 大空]
 「お邪魔しまーす……」



 私はお父さんの部屋であったリンさんの部屋に入る。


 中に入ってみるとリンさんは不在で、部屋の中は凄く静かだった。



[朝蔵 大空]
 「よっと……」



 私は棚へと手を伸ばし、ある物を手に取る。



[朝蔵 大空]
 「えと、確かにこのページに……」



 私は前にリンさんと一緒に見た昔のアルバムを開き、ある写真を探す。


 そうそれは、昔家族で海に行った時の写真。



[朝蔵 大空]
 「…………あれ」



 目当ての写真を見つけたのだが、私が前に見た時の写真とは明らかに違っていた。


 ある1枚の写真に写っているのは、私ひとりだけ……。



[朝蔵 大空]
 「男の子が、居ない?」
 


 なんで?


 あの時見たのは、見間違いだった?


 そんなはずない、確かに"あの子"は写っていたはずだから……。



[朝蔵 大空]
 「お父さん、ごめんなさい」



 私はその写真をアルバムから1枚だけ抜き取り、(ふところ)へと……。


 ──私はよく知っている、あの子の真っ黒な目を。


 ……。



[卯月 神]
 「リン!」


[如月 凛]
 「……?ああ、シンですか」


[卯月 神]
 「帰るんですね」


[如月 凛]
 「はい……」



 夕方空、卯月と凛はお互いに顔を合わせる。



[卯月 神]
 「ごめんなさい」


[如月 凛]
 「何故、謝るんですか?」



 卯月に謝られる理由が分からない凛。



[卯月 神]
 「リン、僕は……天使をやめて、朝蔵さんと同じ人間として生きていきます」


[如月 凛]
 「……そうする事にしたんですね」


[卯月 神]
 「はい、だからごめんなさい」


[如月 凛]
 「私には……賛成も反対も出来ないです。貴方に会えなくなるのはとても寂しい。私がここに来たのも、貴方を連れ帰る為でした。でも、それがシンの決めた事なんですよね?」



 凛は悲しそうに俯き、胸を押さえる。



[卯月 神]
 「……」


[如月 凛]
 「頑張って下さいね、さよなら」



 凛はそれだけ言い残して、青い光の中へと姿を消した。





 つづく……。
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