笑わぬ聖女の結婚~私の笑顔を見たいがあまり、旦那さまがヤンデレ化しています~
 眉根を寄せた、どこか不機嫌そうな顔でリシャールは聞く。
 アリッサはどんな言葉をかけても、あまり反応を示さない。誰かといる意識が薄れるせいか、警戒心まで緩んでしまう。いつの間にか紳士の仮面が取れかけてしまっているのだが……リシャール自身はそのことにまだ気がついていなかった。
「嫌いではありません」
 淡々とした口調でアリッサは答えた。それから、ためらいがちに口を開く。
「あの、リシャールさま」
「なんだ!?」
 リシャールの声が大きくなる。彼女のほうから声をかけられたのは初めてだったから、食い気味に返事をしてしまった。
(これでは……声をかけられて喜んでいるようじゃないか)
 リシャールはしまったと言うように下唇をかむ。
「なぜ毎晩ここにいらっしゃるのでしょう?」
 来るなと言いたいのだろうか。仮面をかぶることをすっかり忘れたリシャールはムッとして返す。
「それはもちろん、夫婦だからだ」

 本来は同じ寝室を使ってしかるべきなのだが、身代わりのように嫁入りさせられた彼女に配慮して最初は別々の部屋を用意した。そのまま、今に至っている。
 蝋人形のほうがまだ愛想があるのでは?と文句のひとつも言いたくなるほど、リシャールに無関心な彼女と褥を共にする日は遠そうだ。
(毎晩通って甘い笑顔を送り続ければ、簡単に篭絡すると踏んでいたのに手強いな)
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