都市夢ーとしむー
その3/後悔


「あなた…、お名前を教えてくれますか?」

「S署捜査2課の沢井信哉です」

「…では、これが私の連絡先と名前です」

「ああ、私が受け取る訳にいかないんで、ここのカウンターに置いて行ってください」

「では…」

小柄な年配の女性は、メモを置いたあと、去って行った。

”長野からやってきたというのか、あのご婦人は…”

沢井はその連絡先を暗記し、デスクに着くと手帳に書き写していた。
”それ自体”は、ごく何気ない気持ちからではあったのだが…。

...


沢井は両親の残した都内の一件家に、ひと回りも年の離れた妹と二人暮らしだった。
仕事柄、家を開けることが多かったが、高校に入った頃の妹とは、可能な限り接する努力は怠らないつもりでいた。

「…なあ、カスミ、あんちゃんの気のせいならいいが、お前、最近ボーっとしてることが多いように思えるんだ。何か悩み事とかあるのか?」

「えー?別に…。でも、なんで?」

「いや‥、お前も年頃だし、両親がいない上、兄のオレは刑事ってことで他の家庭みたいにいつも一緒にいて接してやれないからな。気にかかるんだよ、やっぱり」

「私、小っちゃいころから変わり者だったもんね。心配だよね、あんちゃん。そりゃあ…(笑)」

「あのなあ…(苦笑)」

...


それから数か月後、カスミはこの世を去った。
直接の死因は、急性心不全…。

死ぬ直前まで、特段健康面での変調は伺えなかった。
そして、彼女が遺体で発見された場所は塾が一緒だった、中学時代の男友達の家だった…。

さらに、遺体は衣服を身につけておらず、全裸で一階のローカに倒れていた。
一升瓶を右手に握って…。

...


現役バリバリの刑事としては、当然、”その現場”の様をとてもノーマルとは捉えられない。
すなわち、事件性の可能性は否定できずとなる…。

しかし…、女子高校生を妹に持つ一人の人間とすれば、突発的な病死と信じこむのが人情だ。

この時の沢井が自らに招いた苦しみ…、それが言語を絶するものであったのは想像に難くない。

”一親族として、カスミが死んだ家で一緒だった彼に話を聞いて、オレはクロであった欲しいと願っていた。だが、デカのカンで彼が真っ白だって即時にわかったさ…”

”それがわかったら、今度はモラル面で彼の非を夢中で探してる自分だ。クソだって、オレは!”

わずか16歳の妹が、こんな異常な死に様を招いた原因から目をそむけてはならない…。
これが決定的な理由となって、彼はしばらくして刑事を辞めた…。

...


そして1年半を経て…。
一介の市井の人となった元刑事、沢井信哉が”この今”、闘病中で長野在住の”あの”婦人を訪ねたこと…。

これこそが、愛しい妹の命を奪ったものの”正体”を掴もうとする、謙虚な執念の行きついた先だったのだ…。




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