新そよ風に乗って 〜慈愛〜
急に、何故か高橋さんの顔が浮かんで、慌ててバゲージから出して入れ直そうとしていた下着を元の場所に戻した。
来週の今頃は、もう部内旅行から帰って来ているのかな。そっちの準備もこの週末でしておかないと……。
月末の締めで週明けから忙しく、部内旅行に持って行く荷物の準備も慌てて前日夜遅くなってからして、結局金曜日はまたしても大荷物で通勤電車に乗っていた。
重いバッグをつり革に捕まって改めて見ながら、どうしていつもこんなに荷物が多くなってしまうのか自分でも呆れている。いつも周りの人を見ながら、みんな何故あんなにコンパクトにパッキングが出来るのか不思議で仕方がない。パッキングの仕方が悪いのかな? 今度、機会があったらまゆみに聞いてみよう。まゆみも、いつも小さいバッグ1つで会社に来ているし、きっと旅行の荷物もコンパクトな気がする。
今日は、みんな仕事が終わってから部内旅行が控えていることもあって、何となく事務所内も落ち着かない。それでも高橋さんはいつもと変わらないのは、どんな時も常に冷静だからかな。流石、高橋さんだ。
17時の退社時間に合わせて、みんな揃って今夜泊まる予定のホテルへと向かう。とはいえ、いつも系列会社のホテルを使用するので、社内旅行でも使用するホテルと一緒。そう……系列会社に身内からも収益をという、そんな配慮もされている。
月初は、月末ほど忙しくはないので会計もみんなと一緒に行けるみたいだったが、高橋さんが車でホテルに行くからと中原さんと一緒に便乗させてもらった。
ホテルに着いて荷物を部屋に置いてから宴会場に向かうと、もう高橋さんと中原さんは席に着いていたので、直ぐに会計の席が分かって近づいて行くと、何故か私の席が見当たらない。
あれ?
会計3人が座るはずの席の1つに、土屋さんが座っていた。
嘘……。
何故、会計の席に売掛の土屋さんが座っているんだろう? きっと、高橋さんと一緒のテーブルが良かったのかな。見ると、しきりに土屋さんは高橋さんに話し掛けている。
少し離れた後ろから見ていても、明らかに土屋さんは高橋さんの席にピッタリ椅子を付けるようにして座っているのが分かった。
そんな私の視線に気づいたのか、高橋さんの隣に座っていた中原さんが振り返ると気づいてこちらに来るようにと手招きをしてくれている。
中原さんには申し訳ないけれど、何だか気が重い。本来は自分の席なのに土屋さんにまた嫌味を言われそうで、またそれが容易に想像で来てしまう。そのせいか、気持ちが足取りに表れているようにゆっくりと会計の席に近づいていった。
「矢島さん。此処に座って」
「えっ? あの……でも……」
その声に気づいた高橋さんが、同時に座ったままこちらを見ると、立ち上がろうとしていた中原さんを制して高橋さんが立ち上がって、私を自分が座っていた席に誘った。
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