新そよ風に乗って 〜慈愛〜
高橋さん。誰かに、お土産を頼まれたのかな?
すると、高橋さんは手に取ったコロンの瓶を5本欲しいと店員さんにお願いしてレジで会計を始めたので、興味津々でそのコロンが陳列されているところに歩み寄ってテスターの瓶の香りを嗅いでみた。
いい香り。
このショップ全体がこの香りに包まれているが、改めてその香りを鼻に近づけて嗅いでみると、流石に直接だときついが何だかとても落ち着けて癖になりそうな香りだった。
「お待たせ」
「あっ、いえ。この香り、癖になりそうですよね。お土産ですか?」
「いや、俺が使う」
エッ……。
高橋さんが? 
だって、高橋さんの香りは確かニューヨークに住んでいる頃、何かのお返しで貰って、それからクローゼットの中で瓶の蓋を開けて置いて使ってると言ってたあの香りのはず。それに、香水じゃなくてアロマオイルだったような……。
「ちょうど、今まで使っていたのがなくなりそうだったから買い足そう思っていたら、あの香りはもう製造中止になったとかで手に入らなくなったんだ。まあ、ちょうどいい機会だし、違う香りに変えようと思って」
「そうだったんですか」
あの香り、製造中止になっちゃったんだ。好きだったんだけどな……。
「前にも言ったが、あまりきつい香りは好きじゃないから、また今までと同じような使い方をするんだけどな」
と、いうことは……。
「じゃ、じゃあ、この香りが今度から高橋さんの香りになるんですか?」
「俺の香り?」
ハッ!
「い、いえ、その……」
興奮して思わず口に出てしまい、高橋さんに不思議そうな表情をされてしまった。
でもこの香り、私も欲しいな。高橋さんの香りになるんだったら、持っていればいつでもクンクン出来るし。買おうかな。
「何かを変えるためには、過去に縋っているだけでは駄目だろう?」
エッ……。 
高橋さん?
「あの……」
『何かを変えるためには、過去に縋っているだけでは駄目だろう?』 って、いったい高橋さんは、何を変えたくて過去の何に縋っているっていうの? 
「昔、お前が俺に聞いたよな。使っている香りは、何なのかと」
「は、はい」
高橋さんの香りが何なのか、気になって仕方がなかった。出来れば、密かに自分でも買ってみたかったから。
「他人の真似ではなく、自分らしさを出したくなった、とでもいうのかな。まあ、そんなところだ」
高橋さん……。
「寄り道に付き合ってくれて、ありがとう。行こうか」
エッ……。
もう、行かなければいけないの?
「あ、あの……私……」
「ん?」
「わ、私も、同じコロンを買ってきてもいいですか?」
勇気を出して、高橋さんに言ってみた。
だって、これからこの香りが高橋さんの香りになるのだったら私も欲しい。会えない時とか不安な時に、この香りに癒されたい。そうすれば、何となく安心して落ち着けると思うんだもの。想像してみただけで、それが確信出来る。
「誰かにお土産か? それなら、喜ぶぞ。日本で買うと、此処のアウトレットじゃないプロパーのショップだとしても、5倍か6倍ぐらいの値段はする」
嘘……。
「更に、此処のアウトレットショップだと、ちょっとしたボトルの傷やこの会社の規定でフレグランス類の消費期限を煩く設定しているから、その消費期限が短くなったものは価格がアウトレット価格になっているから、かなりリーズナブルなんだ。俺みたいにクローゼットに入れておくだけで直接肌につけない使い方だと、無論、自分の責任において消費期限を気にしないのであれば全く問題はないけどな」
そんなに安いんだ。尚更、欲しくなってきた。
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