天才ドクターは懐妊花嫁を滴る溺愛で抱き囲う

食事を終えた後、行き場を失ったブランドバッグの入った紙袋を持ったまま自室に戻った彗は、つい先程羽海から言われた言葉をひとり反芻していた。

『あなたは私が家事をするのを『無駄で不要』だと言っていたのに、私が勝手に作った食事をほとんど残さず食べてくれてますよね。それで十分です』

まさかそんな健気な発言が飛び出すとは思わず、戸惑いを隠せないでいる。

彗は御剣家の次男として生まれた。

明治時代から代々続く医者の家系で、昭和初期に創立された御剣健康財団は、総合病院の他にクリニックがふたつ、介護ホームやデイサービスセンター、福祉専門学校など数多く経営している公益財団法人だ。

父は御剣総合病院の院長を務めており、祖母の多恵は三代目理事長だ。

循環器内科医で二代目理事長だった祖父はすでに亡くなり、医療機器メーカーのお嬢様だった母は多忙な父への不満と寂しさに耐えきれず、二十年前に出ていった。

物心がついた頃には祖父や父と同じ医師を志していた彗は、母親が祖父母や父の仕事を理解しようとせず、毎日ただひたすら愚痴を零しては寂しいと泣いているのを見るのが苦痛だったため、ようやく離婚したのだとホッとしたのを覚えている。

反対に彗の双子の兄である隼人は、厳しい祖父母や父親と違い、甘やかしてくれる母親に依存しており、母が出ていったのは彼らのせいだと言って大いに荒れた。

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