イケメンシェフの溺愛レシピ
「フラヴィオ・マンチーニ、36歳。トスカーナ出身。大学での経営学を修了後、料理の道へ入る。真実を意味するverità(ヴェリタ)の店名通り、フラヴィオの料理はイタリアの伝統的な料理を重んじながらも、世界中の人に愛される親しみやすい味わいを作り出している。人々が求める真実がそこにある。」

これがフラヴィオの紹介文である。大学で経営学を学んでからのシェフと言うところに、綾乃は哲也との共通点を見つける。何かしらの接点があるのかもしれない。
それでもあの日、フラヴィオの通訳出演の依頼で、哲也がみせた険しい顔。それがどういう意味を持っているのか。

「フラヴィオ来日まであとちょっとですね!」

資料を確認している綾乃の後ろからADの智香が声を上げる。
イケメン!とミーハーな智香は嬉しそうにその資料を眺めていた。

「にしても、石崎シェフが通訳で出演するなんて、贅沢ですよね~」

智香の言葉に、綾乃も頷く。フラヴィオからの指名。そして哲也のあの表情。何かがあるのだろうか。哲也に聞くことはできないままだった。

それから数日後。
打ち合わせがあれば呼んで欲しいという哲也との約束通り、フラヴィオが新規出店する日比谷のホテル内のカフェに綾乃は哲也とともに出向いた。
来日したばかりのフラヴィオに会うためだ。

「せっかくの休業日を申し訳ないわ」
「いや、これも仕事だから」

そう言われて険しい表情の哲也を見ると、上司から言われるがままに通訳の仕事を依頼してしまったことを綾乃は申し訳なく感じてしまう。
コン・ブリオが営業していない日であっても、哲也は経営のほうの仕事だとかメディアの仕事、季節限定や新規メニューの開発、食材の仕入れだとかやることは多くあるのだ。貴重な彼の時間を奪ってしまうことについて謝りつつも、少しだけ嬉しい気持ちもあった。一緒に仕事できる時間は嬉しいし、何より哲也がいてくれれば初めての仕事相手でも心強い。
この気持ちをなかなか言葉では伝えられないけれど、いい仕事をすることで伝えられたらいいなと綾乃は思う。

約束の時間までまだ5分以上あったので、コーヒーを啜りながら綾乃は哲也に話しかけた。

「イタリアで仕事してたのって、5年くらい?」
「ああ、大使館の仕事はね。その後、5年、現地のレストランで修行していたから、10年は滞在していたことになる」
「それなら」

フラヴィオ・マンチーニともどこかで接点があったのか、と聞こうとしたところで一人の男性の声が響く。

「buon giorno!」

ブォンジョルノ。
言わずと知れたイタリア語のこんにちはの挨拶。

ハッと綾乃が顔を上げると、そこにいたのはトレードマークの金髪。そして彫の深い甘いマスク。

「テツヤ」

イタリア語で話しながらにんまりと微笑む男性。フラヴィオ・マンチーニ。
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