イケメンシェフの溺愛レシピ
「さ、ローマに帰ろう。」

そう言って一同はチヴィタの絶景に別れを告げる。

まだ午後の明るい時間帯ではあったが、この後のスケジュールが控えていた。
ローマ最後の夜は、フラヴィオの友人が経営しているという店でたっぷりとイタリア料理を楽しませてもらう約束になっていたのだ。

イタリアの交通機関のダイヤはちょっと心配なところもあったし、ローマに戻って身支度も整える時間が欲しいことを考えれば、余裕をもって行動したほうがいい。

名残り惜しい気持ちで綾乃が立ち止まって振り返ると、チヴィタの街は夕方に向かって少しずつ金色にきらめく日差しの中で、空に浮かぶように輝いていた。
短い滞在時間でも、こんな騒がしいメンバーであっても来られてよかったと思う美しい世界。
またいつか。
そう思って綾乃は目に焼き付けるようにその景色を少しの間見つめていた。
空に浮かぶかのような城。今も少しずつ死に向かっている街。それでもやがて来る終末を恐れずに暮らす人たちが、ここにいる。
その勇敢な愛が、自分にもあると信じたい。
どこか厳かな気持ちで、綾乃はその景色を目に焼き付けようと見つめていた。

「綾乃」

そのとき、騒がしい連中と少し先を歩いてたはずの哲也がいつのまにか目の前にいた。
この人に名前を呼んでもらうたびに、触れられるたびに、自分が強くなる気がした。

「次また見れるとは限らないから」

そう綾乃が言ったところで、哲也の顔が近づくと人気がないのをいいことに、思いがけず唇は重なった。
滅びゆく運命の町を背に、たとえあらゆるものに終わりがあろうとも、この想いだけは永遠だと思えるキスだった。
そのキスに綾乃は改めて誓う。恐れずに愛することを。


その後のローマ最後の夜も結局、賑やなまま過ぎていった。
そうしてイタリア旅行は賑やかに始まって賑やかに終わったのだった。

結局のところ新婚旅行というより社員旅行ではあったけれど、それでも日本では味わえない貴重な体験がたくさんできた。
なにより貴重だったのは、帰国後、智香とフラヴィオが写真や動画をまとめてムービーとフォトアルバムを作ってプレゼントしてくれたのだ。

見るとそこには哲也と綾乃が分け合った瞬間がたくさんあった。ジェラートを食べたり、愛の水を飲んでいたり、二人で滅びゆく景色を眺めて談笑していたり。
いつのまにこんなに撮ってくれていたのだろうか。まるで映画の主人公になったみたいに、絶妙に美しく切り取られた二人の瞬間。それは、哲也と二人きりの旅行ならば、こんなふうに形に残すなんてことは絶対にできないことだった。だから今回は今回で、とても素敵な思い出ができたのでよしとすることにしよう。

カメラの回らない二人きりのローマの甘い休日は、また今度のお楽しみに。
それからトレヴィの泉に投げ入れた1枚のコインのこと。
どんな気持ちで投げ入れたかを、あとで写真を見せながら哲也に伝えようと綾乃は思った。
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