弊社の副社長に口説かれています
「ありがとうございます、すぐに追いかけます。陽葵を助けたらすぐにご報告に伺います、お礼を考えておいてください」
「あら、今すぐお顔を見せてくれるだけでもいいのよぉ?」

さきほどの挨拶とインターフォン越しの会話で想像できることはたった一つだ、小宮は鼻の下を伸ばして提案したが、尚登は笑顔で応える。

「そんなサービスはできません」

想像を駆り立てる返事に、小宮は上機嫌で「そうよねえ!」と叫び、足取りも軽く去って行く。

(川崎市、中原区──)

陽葵の実家の住所を脳内で繰り返す、陽葵の継母から電話があったことを鑑みても行先はそこのような気がした。

(電車が早いか、タクシーが早いか)

シャワーを浴びる時間ももどかしく、服に手を通しながら考えた。

走り続ける車内で新奈は上機嫌に言葉を発する。

「高見沢尚登を史絵瑠に譲りなさいよ」

新奈の言葉に陽葵は息を呑む。

「なん……尚登くん、を……?」
「いい男じゃない、あんな男こそ史絵瑠にふさわしいわ! でもあんたにベタ惚れなんですってね、そんなあんたに振られたら大層傷つくんじゃないの? もうこれ以上ないくらい手痛く振りなさいね、彼が泣いて明け暮れるくらい。そこで史絵瑠の登場よ、慰めたらイチコロよ!」

勝手にきゃあと喜ぶ声を上げ、自身の体を抱きしめ身もだえる。既にそんなシナリオが出来上がり完成を心待ちにしているのだ。

「……無理、だと、思う……」

陽葵は小さな声で訴えた。尚登と史絵瑠は犬猿の仲だ、もっともそれも自分が間にいるからで、いなくなれば仲良くなる可能性もあるだろうか──しかし陽葵に恋をしたという尚登の心を信じたい。

「無理かどうかは私と史絵瑠が決めるわ、あなたは今すぐ別れるって宣言すればいいだけ。そうしたらすぐに家に帰してあげる、すぐに別れ話をするのよ、彼が家を飛び出してくれば私が拾うし、彼が出てこないならあなたが出てくるの。次の家が決まるまではうちに置いてあげる」

滔々と語られる計画を嫌だと首を左右に振った。尚登と添い遂げると誓ったのはついこの間だ、それを早くも覆すことはできない。

「あなたはいい子だもの、高見沢尚登にこだわることないのよ。別れてもすぐにいい人が見つかるわ」

笑顔で言われぞっとした、継母から「いい子」だなどと聞いたのは初めてではないだろうか。それでも声を振り絞り抵抗する。

「私は……っ、尚登くんが、いい……!」

初めて愛した人、初めて愛してくれた人、その人を手放したくないと勇気を振り絞り言えば、新奈の冷たい視線に貫かれた。

「ふうん、そ」

何の感情も感じらない声だった。

「じゃあ、仕方ないわね。手荒なやりかたになるけど、言うことを聞かない自分を恨みなさいね」

冷たい物言いに何を言われているのか理解できなかった、さらに隣に座る小太りな男が抱き着いてきたことで思考が完全に止まる。

「なあ、ただ殺しちまうのももったいないから、ちょっとくらい楽しんでもいいだろうー?」

陽葵に顔を近づけるが、出した舌が頬に当たりそうになり陽葵は慌てて手で頬を覆った。
そんな抵抗に腹を立てた男は陽葵の髪を掴むと顔を新奈の太ももに押し付けた、その陽葵の頭を新奈が固定する。

「お義母さん!」

助けてと声を上げるが、新奈は残忍に微笑むばかりだ。小太りの男は陽葵の手を後ろ手に結束バンドで固定した、そして現れた愛らしい臀部を両手で撫でる。

「やめて!」

逃げようにも頭は新奈に押さえつけられ、手は後ろ手に取られている。座った状態からの押さえつけに思うように動けずにいる陽葵と男は撫で続けた。

「いや、やめて!」

そんな声すら楽しそうに三人は聞いている。

「お義母さん、お願い──!」

新奈の最後の良心にかけたが、浴びせられた言葉は冷たかった。

「あなたが尚登くんと別れるって宣言するなら、この人たちを止めてあげる」

嫌だと唇を噛んだ。もちろんこの危機を逃れるために嘘をつくのもいいだろう、だがこの継母にそんな誓いを立てれば二度と尚登に会えなくなるのでは──男たちに乱暴されれば尚登の前に姿を見せられなくなるが、それでもその場逃れの下手な嘘はつきたくなかった。
早く終われ──継母が何を考えているかもわからないまま、時が過ぎるをじっと待った。それは幼いころ、母に叩かれていた時とよく似ていた。

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