弊社の副社長に口説かれています
16.受難は続く


手を繋いでの出勤にもすっかり慣れてきた。
皆が尚登に挨拶をする、尚登が返礼する後ろで陽葵は会釈をして返す、それも朝の光景だ。そしていつものように人でごった返すエレベーターホールに三宅の姿を見つける。

「あ、三宅さんだ」

尚登がすかさず声をかけた、ぎょっとしたのは陽葵だけではない、周りも同様に驚き『三宅』が誰かと探す。呼ばれた本人は人ごみの向こうで「ひゃ」と声を上げた後「はい!」と元気に答えた、その笑顔のいやらしさを陽葵だけが見抜いている。

「副社長! おはようございます!」

ギラギラした目で挨拶をすれば、三人を繋ぐ間の人々が左右に分かれていく──なぜなのだと陽葵は思った。

「おはよう」

尚登は意に介さずその花道を陽葵の手を引いて歩いてゆく。

「ところで陽葵からいつまで経ってもスイーツバイキングに行く話が出ないので、三宅さんからも言ってくれませんか?」
「は!?」

陽葵と三宅の声が重なった、もちろんトーンは大違いである。

「この間、行ったじゃん……!」

思わず声を張り上げた、当然二人きりでだ。都内の専門店へ行ったが、それで満足していないのか。

「えっ、私も一緒にってことですか!? はい! 副社長がご希望なら、いつでも、何時でも、どこでも行きます!」

三宅はそれはそれは嬉しそうに叫んだ、目的は「三人でバイキング」ではなく尚登に会うことだろうと陽葵は目を座らせて三宅を睨みつけた。

「私ならいつでも暇なので、陽葵と予定を決めてください」

尚登は営業スマイルで答える。

「副社長が暇なんてあるんですかぁ?」

三宅は上目遣いに体をくねらせて言う、媚びないでと陽葵は言いたい。

「暇ですよ、ああ、陽葵をずっと見つめてるから忙しいか」

とんでもないことを臆面もなく言うのに陽葵は頬を赤らめる、そしてはたと気づいた、周囲は聞いてないふりして確実に聞いているではないか。

「まったくお熱いことで」

三宅が呆れ気味に言う、その気持ちは陽葵にも理解できた。

「副社長がべた惚れって、よく判ります」
「ええ、そうなんです」

笑顔での肯定に周りが一斉に大きなため息を吐いた、陽葵はただひたすらに穴があったら入りたい。

「そもそも出会いって? 社内でも姿をお見掛けするくらいで、そんなに接点なかったと思うんですけど」

確かにと陽葵のみならず周りも頷いた。

「街中で偶然ばったり会ったんですよ、俺は確かに陽葵を個別認識してなくて、でも陽葵は俺を知ってて」
「……尚登くん、その話、また今度にしましょう」

尚登の嬉しそうな声を陽葵は小さな声で遮った、あまり皆には聞かれたくない、尚登の口か皆の耳を塞ぎたいくらいだ。

「お? じゃあ、スイーツバイキングで話すか? やった、いつ行く?」

尚登は喜び陽葵の肩を抱きしめた、さすがに社内ではと陽葵は拒絶して尚登の体を押し返すが。

「やだん、陽葵ちゃん、副社長を名前呼びなのねんっ、羨ましい!」

三宅はいやらしく笑う口元を手で隠し言う、陽葵ははっとし、脳内で社内では副社長だと繰り返した。周囲もにやにや、クスクスしている、聞くともなく聞かれ恥ずかしさは最大だ。

「いつもおてて繋いで出社だもんね、仲良しーっ」

三宅の言葉が恨めしい、尚登の腕から逃れようと身をよじったが、その時エレベーターが到着してしまい、いつものように先に乗るように皆に勧められれば、尚登に肩を抱かれたまま連れ込まれる。カゴの一番奥の隅に追いやられ、逃がすまいとするように尚登の体が密着する。

「馴れ初め聞けるなら本当にセッティングしなきゃ! クリスマスも近いし、きゃっ、クリスマスデートしましょう!」

陽葵たちの目の前を陣取った三宅が笑顔で言う、本当に恥ずかしいことこの上なく、三宅とは行きたくないと心の底から思った。

「あ、それともクリスマスは二人きりで過ごしたいですかぁ? 初めてのクリスマスですもんねっ、きゃっ、邪魔したいです!」
「三宅さん、副社長は抜きで行きましょうよ」

陽葵は小さな声で訴えた、聞こえてないわけがないのに尚登は陽葵を無視して三宅に声をかける。

「昼間なら全然いいですよ、むしろ賑やかに過ごしたい。でも夜はダメです」

最上の笑顔と、優美に唇に指を当てての言葉に、陽葵は何を言うのかと頬を赤く染め、三宅も手で顔を仰ぎながら呆れ顔だ。

「本当にお熱いことで……行くのやめようかしら」
「是非そうしましょう」

陽葵が三宅の意見を肯定するが、そんな言葉を無視して尚登は言う。

「それは困ります、仲がよかったっていう三宅さんから陽葵の話を聞きたいし」
「話?」

またも三宅と陽葵の声が重なった。

「普段の仕事ぶりとか聞いてみたいじゃん、俺が知らない陽葵だし」
「いつもと変わらないし、特別なことは何もないし、もう経理でもないんだから、必要ないんじゃないんですか?」

なぜそんなことをと思い陽葵は不機嫌に聞くが、尚登はなおも笑顔だ。

「今は俺のそばにいるのが陽葵の仕事だろ、全然違うじゃん」

そんな言葉に陽葵はさらに不機嫌になる。

「そんな仕事じゃないし、仕事してないみたいな言い方しないでください」
「何言ってんだよ、俺の精神安定剤、重要、重要」

そんな仕事はないとムッとする陽葵の肩に置いていた手をずらし、尚登は陽葵の顎に指をかけて上を向かせる。ただでさえ近いのにさらに近づいてくる顔に、陽葵は慌ててその口を手の平で止めた。
焦る陽葵の顔を見て三宅はくくくと抑えた笑いで肩を揺らす、二人のそんな様子だけで睦まじさが判るというものだ。

「もう、本当に副社長、どんだけ骨抜きにされてるんですか。そんな副社長ののろけを聞くのも面白そう、陽葵ちゃん、今度連絡するね」
「行くなら三宅さんと二人きりです!」
「陽葵ぃ」

尚登が非難めいた声で呼ぶ。

「副社長はお留守番です!」

負けじと叫べば尚登はしょんぼりした顔で「くーん」と鳴いてみせる。
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