弊社の副社長に口説かれています
尚登は肩越しに振り返り答える。

「ジェニーじゃ力不足だ」

そんな言葉にはジェニファーはむっとする。

「You have to try it first. I had Theodore tell me he would take of it. He knows what you’re capable of, and he said so」(まずは試してみてよ。これでもセオドアに行って来いと言ってもらったの、あなたの実力を知っているセオドアがそう言ったのよ)

それには尚登も足を止め、ふむと答えた。

「いいだろう、俺が通ってるジムを借りよう」

ここひと月あまりは行っていないが、多少の無理はお願いできるパーソナルジムだ。

「予約でき次第連絡する、ジェニーの連絡先は?」
「Unchanged」(変えてない)

そればかりは頬を染め、少女らしいはみかみのある笑みで答えた。

「My cell is the one you know」(あなたが知ってる番号のまま)

ジェニファーの様子に気づいても尚登の返事は冷たい。

「んなもん忘れたわ」

アメリカで契約した携帯電話はとうに解約、廃棄もしている。ジェニファーの連絡先はコピーはしていなかった。尚登の回答にジェニファーは小さく舌打ちしつつも口頭でその番号を伝える、尚登はその場で電話帳に登録した、確かに見覚えがある番号なような気はするが、そもそもいつも電話帳からの発信で番号はあまりはっきりとは覚えていない。

「じゃあな」

尚登は陽葵の肩を抱き歩き出そうとするが、

「Have you eaten? Let’s eat together?」(食事はまだ? 一緒にどう?)

もう少しいたいとジェニファーは提案するが、尚登の回答はなおも冷たかった。

「Sorry, I’m busy because I’m spending time with her」

入り込む余地はないという宣言に、ジェニファーは唇を噛み締め建物に入って行く二人を見送った。

陽葵は心配になる、尚登が日本語で返してくれている間はなんとなく会話を推察できたが最後は判らなかったからだ、her(かのじょ)と言われそれは自分のことだとは判ったが。

「えっと……ジェニーさん、大丈夫……?」

恐らく初めての日本でいきなり放り出されたのだ、確かに尚登のホテルを探そうかという提案を断ったなら大丈夫なのだろうが。

「いい歳の大人なんだから大丈夫だろ」

尚登は止まることなくエレベーターへ向かって歩いていく、それでもと思うのは陽葵の人の好さか。
3階にあるエレベーターが来るのを待つ間、心配になった陽葵は振り返りジェニファーの姿を見てしまった。ジェニファーは睨むように陽葵を見ている、その視線のびくりとするが同時に肩を抱く尚登の手を温かさがしみこんでくる。
尚登の腰に腕を回していた、尚登のそばにいるのは自分だ、その自信が笑顔になりジェニファーを見つめ返していた。目が合ったジェニファーがわずかにたじろぐのが判り、陽葵は尚登の体に頬をこすりつけていた。
自分はここにいていいのだ、尚登がそれを欲してくれている、そう思うほど幸せがこみ上げてくる。

エレベーターが到着し、尚登に肩を抱かれたまま乗り込んだ。

「尚登くん、本当にモテるね」

動き出したエレベーター内で言っていた。

「は? ふざけんな」

決して嬉しい状況ではない、大昔の元カノが彼女面してやってきてもである。

「落合さんとかもみんなで尚登くんを取り合いして。そんな尚登くんを独占できてるの、すごく嬉しい」

えへへ、とはみかみ微笑みながら言えば、尚登は愛おしさに陽葵を強く抱きしめていた。

「俺の方が嬉しいわ、陽葵が俺しか見てないの、めっちゃ快感」
「そんなこと」

自分などなんの価値もないと思い呟いたが、そうして好きな人に必要とされるだけでその価値は上がるものなのだと判る。

「──大好き」

目を見て呟けば、尚登は嬉しそうに微笑み顔を近づける。その意味を悟り陽葵は笑顔で尚登の肩に手をかけ目を閉じる。
出会ってから何度もしたキスだ。一番最初、全く不用意にされたキスだって覚えている、あの時は驚くばかりだったが、今は違う。

たかが唇が合わさっただけで身も心も溶けていく、尚登への思いが高まっていくのが判る。溺れる程の快楽をもっと欲してしまうほどに。

僅かに唇が離れた時ため息が漏れた、そのため息を尚登の唇が塞ぎより深く求める。頬を包み込む尚登の手の平の熱さに求められる喜びを感じた。

この人に会うために生まれてきたのだと実感する、もっともっと──尚登の首に腕をかけその輪を小さくした時、エレベーターは停まってしまう。

もったいぶって離れた尚登の笑みが眩しかった。

続きは夜が更けてから──互いに微笑み、手を取り合いエレベーターを降りる。

ずっとそばに、もっとそばに──陽葵は握る手に力を込めた──離したくない、離さないでと切に願う。

この人のそばにいる特権は、独占しておきたいから。




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