悪役令嬢に捧ぐ献身
 庭先から飛んできた、公爵と似て非なる声。

 ラウリが怪訝な表情で振り返る一方、父親の声と聞き間違えたであろうシルヴィアがパッと弾かれたように声の出所を見遣る。

 そこにいたのは、鷹揚に両手を広げてこちらへ歩み寄る貴族風の男。にこにこと人当たりのよい笑顔を浮かべてはいるが、何か嫌な予感を覚えたラウリはおもむろに体を起こした。

「お嬢様、あれはパパじゃありませんよ。あなたのパパは可愛さのあまりもう少し正気を失った感じで駆け寄ってきますからね」
「?」

 お前もそう変わらないぞとシルヴィアから不思議そうな視線を向けられているが、ラウリは気にせず客人向けの笑みを浮かべて男に相対する。

「失礼いたします。こちらの庭は立ち入りをご遠慮いただいておりまして……公爵のお客人でしょうか? よろしければ私が取り次ぎますが」
「んん? 何だね君は、新入りかね? 私を知らぬとは」

 ラウリは沈黙を返した。

 残念ながら、彼が顔と名前をしっかりと把握しているのは公爵家の人間ぐらいなのである。

 これは決して人の顔を覚えるのが苦手というわけではなく、毎日シルヴィアのことばかり考えているがゆえに脳のリソースを記憶に割けていないだけであるからして。などと彼は常々真顔で言っているが、周囲からひっそりと頭の心配をされているのは言うまでもない。

 ラウリが適当な笑みで否定を示せば、男は何とも不愉快そうに唇を歪めた。

「ふん。使用人ごときに用はない。下がっておれ」
「そうでございますか。それではごゆっくり」

 そっとシルヴィアを抱えて屋内へ戻ろうとすれば、男がぎょっとした様子でラウリの肩を引き止めた。

「こら待て! 私はシルヴィアに用があるのだ! ほぉらシルヴィア、お前のおじちゃんだぞ!」
「おじ……?」

 ラウリが片方の眉を上げて怪訝な表情を浮かべる傍ら、それを真似するかのようにシルヴィアも両方の眉と口をぎゅっと中央に寄せる。

 そんな激カワくしゃくしゃ顔を見逃したことも露知らず、ラウリはようやく男の正体に気付き後ずさった。

(──おじ……叔父! シルヴィアを社交の道具として粗雑に扱い、あまつさえ王子とヒロインの仲を邪魔しろなどと口喧しく怒鳴り散らしていた極悪非道の人でなし叔父さんが何故ここに!?)

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