推しは策士の御曹司【クールな外科医と間違い結婚~私、身代わりなんですが!】スピンオフ

ふたりきりの夜

 プルタブを開けたはいいけど、半分も飲んでないので、お酒に酔った幻のはずはない。しっかり専務の声がスマホから響いているし、マンション前の街灯の下に立ち、大きな身体を小さくして寒空の下に立っていた。
「どうして?」そんな言葉しか出てこない。
『会いたくて』しっかり会話が繋がったことに安心して、笑顔を見せて手を軽く振っていた。
 「今、行くので待ってて下さい」私はマフラーを持って部屋を飛び出し、足元をふらつかせながら専務の元へまっすぐ走り出す。

 軽く雪が舞っていた。今年になって一番の寒さになるとテレビで言っていた。そんな寒空の下で、キャメルのロングコートを着た専務が佇んでいる。
「専務、風邪ひきます。もう、どうしてこんな……本当に……もう」
 気持ちだけがいっぱいいっぱいになって、言葉にならない。
 こんな私みたいなモブキャラとの約束なんてスルーしていいでしょう。
 向こうでも悪天候でどれだけ空港で待たされたのだろう。出張帰りで疲れているのに、ごめんなさい。寒空で背を伸ばして私は専務の首にグルグルとマフラーを巻き付けた。
「日本も寒いですね」のほほんとおどけた感じでそう言って、専務は私を見下ろした。
 育ちがいいのか、どんな状況でも専務は穏やかで、私は癒されて丸め込まれてしまうので、私は吹き出して笑ってしまった。
 久しぶりに見る専務の顔は相変わらずのイケメンさんで、やっぱり最強の推しであることを確認してしまう。
 私が笑ったのを見て安心したのか、専務は笑顔を見せてから腕を広げて私を抱きしめた。
「せっ……専務」油断した。その優しい笑顔に油断してしまった。
「だって寒い」甘い声で耳元でささやかれ、ギュッと強く抱きしめられた。『だって寒い』って……何その理由。
 ドキドキしながら固まってると「寒いから咲月さんのお部屋に行っていいですか?」と言われたので「はい!」と、私は先生に言われた生徒のように返事をしてしまった。
 
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