転生悪女の幸せ家族計画~黒魔術チートで周囲の人達を幸せにします~

49 会合の当日

 ラギー商会との会合の当日。アルデラは戦闘準備を兼ねて念入りに着飾っていた。

 事情を知らない侍女のケイシーやメイド達が嬉しそうに着替えを手伝ってくれている。

 ケイシーに「今日はどのドレスになさいますか?」と聞かれたので、アルデラは白いドレスを指さした。金色の刺繍が入った上品なドレスを見てケイシーが「あら」と微笑む。

「クリス様が選んだドレスですね」
「まぁ、なんとなくね」

 アルデラが少し恥ずかしくなってそう答えると、ケイシーやメイド達は嬉しそうに顔を見合わせた。

 心のどこかでは『もしかしたら、このドレスを着るのはこれで最後になるかもしれない』という気持ちもあった。これから何が起こるのかわからないので、それくらいの覚悟で今日の日を迎えていた。

 長い黒髪を結い上げてもらい、魔道具のアクセサリーを身につける。姿見の中には凛とした美しい女性が立っていた。

 メイドの一人に「奥様、本当にこのバスケットも持って行かれるんですか?」と聞かれたので、アルデラは「そうよ」と微笑む。

「私がご一緒してお持ちしましょうか?」
「ううん、いいの。自分で持ちたいの」
「そうですか……」

 残念そうなメイドには悪いけどバスケットの中には、使用人達に集めてもらった爪や髪が大量に入っている。うっかりバスケットの中を見てしまうとトラウマになりかねない。

(危ない目には遭わせたくないからね)

 ケイシーとメイド達にお礼を言って自室から出ると、部屋の前でクリスが待っていた。クリスは白いジャケットを着ていてなぜかおそろいのようになってしまっている。

 クリスはニッコリと微笑んだ。

「奇遇だね……と言いたいところだけど、今日は私が選んだドレスを着てくれたらいいなって思っていたんだ。嬉しいよ、ありがとう。とても綺麗だよ」

 行動を見透かされて恥ずかしい。アルデラは自分の頬が熱くなるのを感じた。

(何だか悔しいわ)

 アルデラは咳払いをすると、クリスの左胸に公爵家当主の証のブローチをつけた。

「これは?」
「お守りみたいなものよ。会合中はつけておいて」

 ブローチは黒いモヤを避ける効果があるのでクリスを守ってくれるだろう。

「さぁ、行きましょう」

 玄関ホールでノアとセナが待っていてくれた。

「ノア、今日は絶対に家から出てはダメよ?」
「はい、ぼく、お留守番できます!」

 元気いっぱいのノアを見て、アルデラの頬も緩む。

「セナもノアから離れないでね」
「はい」

 セナがノアを守ってくれるなら心強い。

「じゃあ、行ってくるわね」
「姉様、いってらっしゃーい!」

 ノアとセナに見送られ、アルデラ達は馬車に乗り込んだ。ブラッドとキャロルも会合のために琥珀宮を目指しているだろう。

 今日の会合のことは事前に手紙を送り、サラサとコーギルにも伝えている。琥珀宮に勤める使用人達は今ごろそれぞれの休暇を楽しんでいるはずだ。

(この会合でノア殺しの犯人を突き止める)

 アルデラは気がつけば祈るようなポーズを取っていた。クリスが心配そうにこちらを見つめている。

「今日の会合はアルにとって、とても大事なもののようだね」

 クリスにはノアが三年後に殺されることは伝えていない。なので今から会うのが犯人に関わりのある人達だということも彼は知らない。

「……そうなの。絶対に失敗できない」

 そっとクリスの手がアルデラの頬にふれた。

「失敗してもいいんだよ。生きてさえいればやり直せる。私なんて今までどれほど失敗してきたと思う?」

 冗談っぽく言うクリスの瞳からは『大丈夫だよ』という優しさが伝わってくる。

「そうね……生きてさえいれば、何度でもやり直せるわよね。ありがとう、クリス」

 素直にお礼を言うと、クリスは少しだけ顔を近づけた。

「ねぇアル、キスしてもいい?」

「それは……また今度にしましょう」
「残念」

 クリスの手が頬から離れた。気がつけば、全身がふるえるような極度の緊張がなくなっている。

 馬車はゆっくりと琥珀宮に着いた。クリスにエスコートされながら馬車からおりると、コーギルが待ち構えていた。

「アルデラ様、こちらです」

 コーギルに案内された部屋は、部屋というよりだだっ広いホールだった。ここでなら数組の男女がダンスを踊れてしまう。

「ここで会合をするの?」

「そうです。ここは琥珀宮の小ホールです。サラサが壊されたら困るから、普段使っていない部屋を使ってほしいと言っていました」

「なるほど。で、サラサは?」

「ラギー商会の連中と一緒にここに来る、とのことです」

「わかったわ。キャロルもきっとラギー商会と一緒に来るのね」

 アルデラがだだっ広い部屋を見回していると、ふとここには商談をするためのテーブルと椅子がないことに気がついた。

「ねぇ……」

 そのことをコーギルに聞こうとしたとき、小ホールの扉が開かれた。

 扉の先はいつものように顔を青ざめたサラサが立っていた。側にはキャロルとブラッドの姿も見える。そして、その後ろには見たことの無い男が二人いた。

 一人は恰幅の良い中年男性で、もう一人は細い目をした青年だった。

(この二人がラギー商会の人? 何だかタヌキとキツネみたいね)

 サラサは震えながら小ホールの中に入ってくる。そして、後ろの男達を敬うように頭を下げた。

 そのおかしな動作を不思議に思っていると、アルデラはタヌキ男性の異常さに気がついた。

 気の良さそうなタヌキ男性の身体の周りには、黒い大蛇が渦巻いている。

(何……あれ?)

 よくよく見ると黒い大蛇は、黒いモヤが蛇をかたどっているものだった。

(……まさか、憎悪をねじ伏せて従えている……?)

 その予想を肯定するかのように、黒い大蛇はこちらに向かってシャーと威嚇音を発する。

(こんなことができる人間がいるなんて……)

 アルデラと同じくあの大蛇が見えているであろうサラサは血の気が引いた顔でガタガタとふるえている。

(サラサは私におびえているかと思ったけど違ったのね。どうやら大物がかかったみたい)

 背中がゾクゾクとする感覚を味わいながら、アルデラはニヤリと口端を上げた。
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