この世界に最後の花火を

消えゆく燈

冬夜と約束をしてから、一週間の月日が経過した。あの日からも毎日、私の元には三人が遊びにきてくれたが、正直頭の中は冬夜との約束でいっぱいだった。

今日はその約束の日なのだ。一体何を見せられるのかという緊張とワクワクで、私の期待はかなり膨れ上がっている。今朝の気温はマイナス一度。ここ最近の中でも、かなり寒い方だ。

夜になったらもっと冷えてしまうので、防寒対策はしっかり怠ることなくしなくては。それに先生にも外出の件を相談したところ、危険なことはしない、防寒対策をしっかりする、体調が優れなくなったらすぐに帰ってくるという条件付きで許可が出された。

舞い上がった気分のまま、私は当日を迎える。予定では、20時ごろに冬夜が私を迎えに来て、どこかへと連れ出してくれるらしい。

この一週間で聞いた話によると、そこまで遠出するわけではないので、安心してくれとのこと。何度聞いても彼は目的地の場所を明かすことはなかった。

焦らされ続けた分、期待ばかりが高まっていく。私の気持ちを代弁してくれているのか、外から聞こえてくる通学途中の子供たちの元気な声。きっと、昨日の夜に大雪が降ったから、地面に積りに積もった雪で遊びながら学校へと向かっているのだろう。

その楽しげな声を聞くと、自分が小学生だった頃のことを鮮明に思い返してしまう。三人で雪玉を歩きながら作って、二体一で千紗と一緒に日向にガチガチに固めた雪玉を投げて遊んでいた記憶が。

あの頃は楽しかったな。学校に行って勉強して遊んで、放課後になってまた遊んで。それだけで一日があっという間に過ぎ去っていたんだ。ずっと遊び続けていたのに、よく疲れなかったものだと今更ながらに思う。

仮にもう一度小学生に戻れたとしても、私は今までの人生をなぞるように遊び尽くすだろう。十七歳で死んでしまうとわかっていたとしても...

遠くなっていく小学生の声と同じように、私も懐かしき思い出から遠ざかっていく。まだ眠たい気がするので、あと少しだけ寝ようかな...瞳を閉じて真っ暗な世界へと再び落ちてゆく。

「んんっー!よく寝た〜。今何時なんだろう」

枕元に置いてある時計の時刻を確認する。部屋が薄暗くて表示されている時間がわからない。ボタンを押して時計がライトアップされる。時刻は...18時10分。

「えっ・・・もうこんな時間なの」

今朝、私が目を覚ました時刻は確認していないけれど、小学生の登校時間だったのでおおよその時間は把握できる。ざっと計算しても10時間近く眠っていたことになる。

ありえない...

私の最高睡眠時間はどんなに頑張っても8時間が限界だった。2時間も上回る睡眠時間。それに、まだ寝足りない気もするくらい良い目覚めとは言えない。

さっき起きた時は、カーテンの隙間から木漏れ日が差し込んでいたはずなのに、私の目に映る今の部屋は光など差し込んでおらず部屋は真っ暗な闇に包まれてしまっている。

「そんな・・・どうして・・・」

嘆いていると、部屋の眩い光が私の視界に突き刺さるように飛び込んでくる。暗闇から一瞬で明るいところに移り変わったためか、視界がぼやけて見えてしまう。

ぼやける視界の中、誰かが私のベッド脇に座っているのが見てとれた。誰なのかはわからない、暗闇の部屋の中にずっとそこにい続けたのだろうか。

「おはよう、火花」

声で誰なのかが分かってしまった...17年間毎日聞いてきた私の大好きな人。

「お母さん・・・」

徐々に部屋の光に目が慣れ始め、ぼんやりとしていた視界がはっきりとした輪郭を捉えていく。一人だと思っていたが、どうやらベッド横には仕事帰りなのかスーツ姿の父の姿があった。

「お父さんもいたんだ・・・」

「あぁ、おはよう」

「おはようって変だね・・・もう外はこんなにも真っ暗なのに」

「そうだな・・・たくさん寝たな」

「うん・・・ねぇお父さん。何か私に話すことがあるんでしょ?」

そうでもなければ、この異様な状況を誰が説明できるのだろう。私が起きるまで部屋の電気をつけずに私の側に居続けた両親。明らかに私が自然と起きてくるのを待っているかのよう。

「あぁ、実はだな・・・」

「ちょっとお父さん!ねぇ、火花。今日って確か火花の彼と夜出かける日よね?」

「そうだよ! 昨日の夜からずっと楽しみだったんだ!」

「今日のことずっと言ってたもんね。ねぇ、火花の彼ってかっこいいの?」

「芸能人顔負けだよ!」

「そんなになの! 早くお母さんも会ってみたいわ!」

「今日会ってみる?」

「今日は二人っきりの夜を楽しみなさい。私たちはまた今度でいいわ」

「分かった」

話に一区切りがつき、部屋に沈黙が訪れる。誰もが核心に迫った話をしたいのに、誰も口にしようとはしない。焦ったさが優ってしまい、今までの会話が上辺だけの会話にも思えてしまう。

時間だけが刻一刻と過ぎていくが、その一分一秒が尋常じゃないほど長く感じる。私の時間軸だけが完全に壊れて使い物にならなくなってしまったみたいに。

「火花・・・父さんから話があるんだ」

沈黙を破ったのは、私でも母でもなく一家の大黒柱の父だった。普段は家でも滅多に自分から話すことがない父が、いつになく真剣そのもの。この顔を見たのは今年の春先、私が余命宣告された日以来かもしれない。

「な・・・に?お父さん」

怖くないといえば嘘になる。余命宣告以上に怖いものなんて私にはあるのか...ないと思いたい。

「あのな、今日お父さんとお母さんは先生に呼ばれたんだ。最初は、ドナーが見つかったと思って、二人で喜んでいたんだ・・・でも、来てみたら違った。先生から告げられた内容はそんな明るいものでは・・・」

やっぱり怖い...怖いよ。二人は一体先生から何を聞いたんだろう。この父がすぐに話してくれない感じが余計に私の恐怖心を煽っている。

「お父さん、お願い話して・・・」

「落ち着いて聞いてくれよ」

「うん・・・」

「どうやら火花の心臓は日に日に弱まっているそうなんだ。それで・・・徐々に眠っている時間が伸びていってしまうらしい。どのくらい眠り続けるかまでは正確にはわからないらしいが、最悪眠ったまま起きないなんてことも・・・」

「そんな・・・」

ショックだった...余命宣告をされた上に今度は、眠り続けたまま起きなくなるかもしれない?そんなのあんまりじゃないか。

残りの余命までの何ヶ月間は、体が弱っていくだけでその他の普段の生活には、何の支障も来さないものばかりだと思い込んでいた。それなのに...

「ごめんな、火花。何もしてあげられなくて本当にすまない・・・」

何も返事を返すことができない私が、ただただ苦しかった。両親は何も悪くないのに、それをすぐさま否定することができるほど、私の心は大人にはなりきってはおらず、現実を受け止めることもできなかった。

しばらくして両親は私を置いて、病室を出ていってしまった。「一人にしてほしい」と私が頼んだから出ていったのだが、いざ一人になるとさらに、目を閉じることへの恐怖感が募っていってしまう。

"コンコン"

どれくらいの間、ベッドに寄りかかったままぼーっと過ごしていたのだろうか。病室の扉がノックされる音にハッと意識が蘇ってくる。

「どうぞ・・・」

「迎えに来たよ。待たせてごめんね」

「あぁ、冬夜・・・」

あれだけこの日を楽しみにしていたのに、気持ちが完全に沈んでしまってまともに彼の顔を直視することすらできない。常に私の視線はベッドの掛け布団あたりを彷徨っている。

「どうしたの?いつもの火花らしくないね」

「うん、ごめん。今日あまり体調が良くなくてさ・・・」

咄嗟に思いついた嘘を並べてしまう。体調は全く悪くはない、悪いのは体ではなく体のうちに秘めている心...精神的問題。

「体調が悪いなら仕方ないね・・・近くの公園で花火するつもりだったんだけどさ」

「え、花火?」

耳を疑う単語の出現に、思わず聞き返してしまう私。だって、今の季節は冬で外はスニーカーの底が埋まるくらいの雪が積もっているのだ。

花火なんてのは当たり前のように夏の風物詩だと思い込んでいたので驚いてしまった。

「夏の花火も綺麗だけど、冬の乾燥した空気の中でする花火ってのもまた新鮮で良くないかな?」

優しく微笑んで笑う彼の顔が、今の私にはとても眩しいものに感じてしまう。見てみたい...彼と冬にする花火を。

「見てみたい・・・」

彼に届いているかわからないくらいの声で囁く。嘘をついた後で申し訳なさがあって自然と声が小さくなってしまった。

「じゃ、行こっか!」

私の小さな囁きは、しっかりと彼の耳に届いていたらしい。私の声は、まだ彼になら届くのかもしれない。泣きそうになるのをグッと堪えながらベッドから足を下ろして彼の元へ。

外はすっかり真冬の寒さを孕んだ恐ろしいくらいに静かな夜だった。周りには人一人としておらず、あるのは街灯に照らされた薄暗い道路のみ。

周りの家々からは、オレンジの光が窓から外へと漏れ出すように温かな家庭を彷彿させる。彼と公園に行くと決めてからの私の行動は早かった。

すぐ様、厚手の服に着替え準備を終えた私。もちろん着替えている最中は、彼氏の冬夜でも病室の外で待ってもらっていた。 冬夜のことは大好きだが、まだ着替えを見られるのは恥ずかしさが優ってしまう。

「火花、寒くない?」

「うーん、ちょっと手が寒いかも」

「火花は素直じゃないね〜」

彼の手と私の冷え切った手が重なり合っていく。指一本一本を優しく絡ませながら、確実にその体温を共有し熱を逃さないように。

そのまま私の右手は彼のポケットの中へと連れ去られてしまった。一度はしてみたかったシチュエーションができたからだろうか、私の体の体温が一度くらい上昇した気がした。

病院を出て十分くらい歩いたところに目的地だった公園が広がっていた。そこまで大きくはない公園。小学生たちが放課後遊ぶのに適しているようなどこにでもありふれた公園に見える。

砂場、ブランコ、シーソー、鉄棒など比較的遊具が多めの公園らしい。普段なら下の茶色い地面が見えるはずなのに、今日は真っ白なサラサラな地面が形成されている。

強い風が吹いたら、空へと巻き上がって飛んでいってしまいそうなくらいに柔らかくサラッサラな雪たち。彼に手を引っ張られて、私たちは公園にある唯一のベンチに腰掛ける。

「真っ暗すぎるね」

「ちょっとだけ、私怖いかも・・・」

「僕がいるから安心して、必ず君だけは守るからさ」

「なら安心だね。ところで花火って冬でもできるの?」

「そこなんだよね、この家から持ってきた花火が湿気ってさえいなければ・・・」

いつ購入したのかもわからない、花火の袋を開封する彼。もし、火薬が湿気ってしまっていたら、もちろん火がつくことはない。その可能性だって十分あり得るのだ。

公園の唯一の街灯の光を頼りにしているせいか、暗すぎて彼の手元がおぼつかない。このままではまずいと思い、ポケットから携帯を取り出し、携帯のライトで彼の手元を照らす。

手元を照らすと彼の手にある花火の全容が見えてくるのだが、どうも使えるのかが怪しいところ...

「やっと開いた・・・」

封が開けられパリッという音が静寂しきった公園に響いていく。袋の中からほんのりと香る火薬の独特な匂いが、私の鼻を刺激する。これはひょっとしたら、まだ湿気ってはいないのかもしれない。

「ねぇ、これなら花火できるよね!」

「できそうだね」

いつの間にか私の頭の中は、花火をすることで一杯になってしまっていた。数時間前にあんなに大きな症状が発覚したばかりだというのに、彼といると自然と辛いことも忘れられる気がするのは気のせいなのだろうか。

花火が入った袋から何本かの花火を取り出し、火をつけようと試みる。周りに木や燃え移ってしまいそうな草木がないかを確認してから、彼が持ってきたライターで火をつける。

「つけるよ」

ライターを捻ると、一瞬のうちにオレンジ色に照らされる公園の一画。その火の明るさに思わず、手を伸ばしてしまいそうになる。ぼーっと温かなライターの火が、私の冷え切った指先をじんわりと温めてくれる。

隣の彼を見ると、黒眼の中心部分にライターの火がメラメラと燃えて映っている。

ゆっくりと手に持っている花火の先端をオレンジ色に光っている火へと重ね合わせる。チリッと音がした後に勢いよく先端から噴き出す花火。

黄色なのかオレンジなのか分からないものが、私たちの周囲を彩っていく。

「綺麗・・・」

何も見えない私たちの周りを一本の花火が明るく照らし出してくれる。姿形を自由自在に変えながら、命が続く限り私たちに光を与えてくれる花火。

乾燥した何の匂いもしない空気の中で、花火から出る煙特有の酸っぱい匂いが周りを支配していく。次第にあたりは煙に包まれ、自然と周りの気温も上がっているように感じる。

徐々に私の手にしている花火にも限界が来たのだろうか。最初に比べて明らかに勢いを失ってしまっているのが見てとれる。

「火花! 僕の花火に火ちょうだい!」

「あ、うん」

彼のまだ元気がなく萎れている花火の先端に、私の花火を近づけて火を移そうとするがなかなか引火しない。その間にも私の花火の勢いは弱まってしまっているではないか。

「僕のにくっつけて」

言われた通りに彼の花火の先端と私の花火の先端を重ねる。たかが花火が重なり合わさっただけなのに、私たちがキスをしているようにさえ思えてしまう。

シューっと豪快な音を立てて、火を噴き出す彼の花火。青、緑、黄色を含んだ鮮やかな色合いの火が、私の消えかかっている花火を飲み込んでしまう。

「ごめん、火花の消しちゃった・・・」

「いいよ。まだまだこれからだし!」

それから私たちは時間を忘れるかのように、花火を楽しみまくった。花火の火で地面に積もった雪を溶かしてみたり、花火の火で文字を宙に描いてクイズを出し合ったりと嫌なことを忘れてしまうくらいはしゃいだ。

いや、本当に嫌なことを忘れ去っていたんだ。残りが線香花火だけになってしまったのは、偶然ではない。やっぱり花火の締めといったら線香花火しかないだろう。

他の人はどう思っているかは知らないが、私の花火締めは線香花火しかないと思っている。線香花火以外の花火が全て鎮火し、辺りは再び花火をする前の静けさを取り戻す。

暗闇の中、花火の煙の匂いだけがこの公園に染み付いているのが、なんとも不思議な気持ち。だって、今の季節は冬なのだから。本来なら煙の匂いなんてするはずがないのだ。

「とうとうこれだけになっちゃったね」

「私ね、実は花火で一番線香花火が好きなの」

「そうなんだ。どうして?」

「んー、線香花火ってさじりじりと一生懸命落ちないように頑張っているからかな。今なら線香花火が自分にも思えてくるしさ」

「そっか・・・」

「ごめんね、こんなしんみりさせようとしたわけじゃないんだ」

「わかってるよ。僕はね、線香花火も嫌いなんだ」

線香花火を好きな人はよく聞くが、私の知っている人で線香花火をこんなにはっきりと『嫌い』と告げた人は彼以外には知らない。

「花火大会の時、花火嫌いって言ってたもんね。どうして線香花火も嫌いなの?」

「分からないけど、悲しくなるんだ。線香花火が落ちた瞬間に辺りが真っ暗になって、完全に終わりを告げられるあの瞬間が僕は好きじゃないんだ。何事にも終わりは来るけれど、なんだか線香花火が落ちる瞬間は僕の中で『死』を彷彿するような気がして・・・ちょっと怖いんだ」

なるほど...彼には線香花火がそんな風に見えてしまうのか。私は少しもそんなことを考えたことはなかったのに。そう言われると、確かに『死』のようにも感じられる。

「ごめん・・・『死』とか言ってしまって」

多分彼は私を元気付けるために連れてきたのに、返って余計なことを言ってしまったと思っているのだろう。そんなことは決してないのに。

「ねぇ、最後の花火しようよ。私が線香花火の良さを教えてあげる」

「そうだね。僕も線香花火の良さを知りたいな。火花の好きなものなら尚更、僕も好きになりたい」

どことなく彼の様子が沈んでいる気もする。もしかしたら、彼も花火がこれで終わってしまうことを嘆いているのだろうか。そう思っていてくれたら私も嬉しい。

私は知らなかった...彼がこの時何を思って、私との最後の花火に臨んだのか。私が彼のことをもっと知っていたら、こんな結末にはならなかったのかもしれない...

手に持つ線香花火が地面に向かって垂れ下がっている。これから、火をつけていくのだがやはり、最後なので名残惜しさが残ってしまう。

「それじゃ、火をつけるよ」

「うん」

彼が互いの線香花火に火をつける。赤く豆電球みたいな小さな光が私たちの目の前に二つ現れる。

「これがね、線香花火の始まりで『蕾』っていうの。私たちがこの世に生まれたばかりのようにまだ小さくて何もできない状態」

ゆっくりと時間をかけて、その小さな蕾がパチパチと力強い火花が、一つ一つ弾け始める。辺り一面が暗闇の中、オレンジの光が侵食していく。人間の一生と同じように線香花火の人生がスタートした段階。

「やっぱり綺麗だ。線香花火は・・・これはなんて言うの?」

「これはね、『牡丹』って言うの。生まれたばかりの蕾が成長し始めて、大きくなっていく成長途中って感じかな。まさに、今の高校生の私たちが牡丹だよ」

「僕たちが牡丹?」

「そう。私たちは高校生で大人になるための途中でしょ?だから、牡丹に似ているなーって思って」

「そう言われると、確かにそうだね。僕たちはまだまだ成長段階だもんね。どんなことにも挑戦できて、どんな大人にだってなれるからね」

それぞれが自分の手元で光を放っている線香花火を見つめている。不意に彼の様子を見たくなり、チラ見する感じで彼を見てしまう。線香花火の光で暗闇の中に浮き上がっている彼の横顔は美しいものだった。

うっとりするほど美しく、線香花火よりも彼の花火の光を吸収していそうな横顔の方が私には綺麗に見えた。薄暗い背景をバックに彼の輪郭がぼんやりと浮き上がってくる程度の光。

彼に飛びついてしまいたくなるほど、私の心は惹かれすぎてしまったらしい。飛びつきたいけど、今飛び付いたら線香花火が落ちてしまうのでグッと堪える。

そんな私の気持ちに気づくことなく、彼は線香花火の光に見惚れている様子。これを機に彼も少しは好きになってくれるといいのだが...

「見て火花! すごいパチパチしてきたよ!」

子供のようにはしゃぐ彼。花火は綺麗だが、一人で見ても人の心には深く残りはしない。大事なのは誰と花火を見たか。そこでどんな話をしたかが重要なんだ。

私は一生、今日の花火を忘れることはないだろう。君とここで、はしゃいだこの花火を。

「『松葉』って言うんだよ。『牡丹』から勢いが増して、四方八方に火花が散る段階なんだ。線香花火といえば、みんながイメージするのはこの時に見る線香花火だと思うよ」

火花(ほのか)はやっぱり名前に花火ってついているから詳しいんだね」

「私の両親が花火大好きで、花火のように人々を照らすような明るい子になってほしいって意味合いなんだって・・・全くそんな子になれている気はしないけどね」

「いいや、火花は十分すぎるくらいだよ。僕からしたら君は間違いなく僕の花火だよ。僕を隣から照らしてくれる・・・それに、今度は僕が君を照らす番だしね」

「私だって、冬夜のおかげで助かってることあるもん!」

私たちが話している間に線香花火は、勢いをなくし一本、また一本と火柱が落ちていっている。先ほどまでの散り具合が嘘だったかのような静けさ。

「もうそろそろ消えそうだね」

「うん。名残惜しく感じるでしょ。これが、『散り菊』だよ。『松葉』を人に例えるなら、私たちの親ぐらいかな。一番働いて、家庭を持って忙しい時期。そして、『散り菊』は祖父や祖母だね。残りの余生を静かに過ごしていって、人生を終える」

「本当に線香花火は人の人生に似ている・・・」

オレンジ色だった火の玉の色がだんだんと光を失うように変わっていく。もうパチパチと散らしている様子は全くない。あとはただ落ちていくのを待つだけの時間。

線香花火の先端にプクッとした火玉ができている。揺らさないように二人して、慎重に先端だけを見つめ続ける。ゆらゆらと揺れながら、なんとかまだくっついている火玉。

終わりは突然やってくるんだ。そう、何事も...

先に真っ白な雪の上に溶けて消えていったのは、冬夜の線香花火。落ちていくのは、瞬きをする間もないくらい一瞬だった。

真っ白な雪に落ちた時だけ、火玉の熱でオレンジに光った気がした。冬夜の線香花火が落ちたというのに、私のだけはなかなか落ちない。

もう彼のが落ちてから二分は経過しているはずなのに、まだ私の手元で落ちまいと引っ付いている。

「私のすごくない! 全然落ちないよ!」

「そうだね。君のは長生きだ・・・火花も・・・」

「えっ? なんて言った?」

「なんでもないよ」

そうはにかむ彼の目には、悲しさが混じっているような、私ではなくどこか遠くを見つめているような瞳だった。

「あー! 落ちちゃった!」

冬夜の線香花火が落ちた三分後に私のも地に堕ちた。ここまで長く続いた線香花火は、今までの経験上でも初めてかもしれない。

「長かったね、火花の。僕ももう少し長く続いて欲しかったけど、これはこれでよかったんだろうな・・・」

「何がよかったの?」

「ん?あぁ、線香花火の話だよ」

「そ、そうなんだね」

私にはわかっていた。今話したことが線香花火のことではないのだと。でも、私には聞く勇気がなかったんだ。彼の私を見つめる瞳がこんなにも悲しげなのは、初めてのことだったから。

今までも彼がどこか違う場所を悲しげな目で眺めていることは度々あったが、ここ最近はその量がかなり増えた気がする。

なんで、私はこの時彼になんのことか問い詰めなかったのだろうか。もしかしたら、何かが変わっていたかもしれないのに。

「そろそろ帰ろっか」

「うん。ねぇ、冬夜。明日も会いにきてくれるよね?」

「何心配してんのさ、僕はちゃんと君の側にいるさ」

怖かったんだ。彼がいなくなってしまいそうな気がして...

二人で病院までの帰り道を歩く。公園に行く時に見た景色とは、また違った景色が見えてくる。方向が違うだけでも。見えるものと見えないものが存在する。

相変わらず住宅街に光は少なく、時折道に設置されている自動販売機の光が眩しいと感じるほど。こんなところを一人で歩いたら怖いあまり走ってしまうだろう。でも、私の隣には冬夜がいる。それだけで私の身と心は安心するのだ。

他愛もない話をしている間に、私の病院前に到着した。すでに面会時間も過ぎてしまっているので、冬夜とはここで別れないといけないのが寂しい。

冬夜の手には、公園でした花火のゴミと散っていた花火たちを鎮火させた水の入ったバケツ。ここにくるまでの間、バケツの取手を二人で持ちながら歩いていたのは、誰にも内緒。

「送ってくれてありがとう」

「どういたしまして、しっかり寝るんだよ」

「それじゃ、また明日ね」

「うん・・・また明日」

去っていく彼の後ろ姿を眺める私。なんだか、胸騒ぎがしてしまう。これで冬夜と会うのが最後のような...彼はまた明日と言ったので、そんなはずはないのに。

不安が心を埋め尽くしていく。気付くと私の足は、彼の背中へと進んでいた。私の背中よりも二倍ほど大きな彼の背中に抱きつく私。勢いのあまり彼が手にしていたバケツの水が少し地面に零れ落ちてしまう。

「どうしたの火花・・・」

「ごめんね。冬夜がどこかにいなくなっちゃう気がして・・・ねぇ、どこにもいなくならないよね?」

冬の静けさと同化するように、二人の間に沈黙が生まれる。私たちを照らす一本の街灯の光。

「いなくならないよ・・・僕はこれから先もずっと君と生き続けるよ。だから、『大丈夫』だよ」

「大丈夫」と言われ、彼の体から離してしまう私の腕。この言葉の本質を何もわかっていない私は本当に愚かだった。彼が何を想って、私にこの言葉を告げたのか、今では知ることができない...

私の方を一切見向きもせずに、真っ暗に潜んでいくように闇の中へと姿を消していく彼。暗さがまた彼に陰りを与えているような気さえしてしまった。

私が彼の姿を見たのはこれが最後だった...





















































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