私の嫌いな赤い月が美しいと、あなたは言う
「今、なんておっしゃいました?」
私が三人の令嬢に話しかけると、なぜか驚いたような顔をしている。
「確か『伯爵風情』と、私には聞こえましたけど」
「そ、それは……」
さっきまでの勢いはどこへいったのか、令嬢たちは口ごもった。
「水野様は子爵家、野村様は男爵家でいらっしゃいましたわね」
スラスラと私の口から令嬢たちの名前と身分が紡がれる。
もうひとりは資産家の娘だが、爵位はないので無視をする。
「私にそのようなお言葉を使ったということは、わが伊集院家に対してのご発言と考えてよろしいでしょうか」
「え?」
「い、いえ、それは……」
三人は急に大人しくなってきた。
それもそうだろう。これまでなにをしても『伊集院真音』は言い返したことなどなかったのだから。
(思い出した)
そうだ。私はこの国の伊集院伯爵家の長女、真音だ。
亡くなった母は侯爵家の出だし、ここまで蔑まれる理由などないはずだ。
「今夜のことは、キチンと皆様のご両親にも報告させていただきます。ごめんあそばせ」
これ以上は無駄な時間を使いたくなくて、私はその場を離れた。
顔には出さないが、頭の中に渦巻いている過去、現在、そして自分自身の成り立ちで大混乱している最中なのだ。
どこかでゆっくりと整理しないと、わけがわからない。
一階のホールが夜会の会場らしいが、私はどうやら令嬢たちに呼び出されて。二階の廊下にいたらしい。
少し離れたところに、ひと気のないバルコニーへの出口を見つけた。
そこなら静かに考えをまとめることができそうだ。
空には満点の星。そして、輝くような銀色の月。
(お月さまは、赤くないのね……)
どうやら私は、赤い月の世界から、銀色の月の世界にやってきてしまったようだ。