私の嫌いな赤い月が美しいと、あなたは言う
私の自室は、二階の端にある北向きの狭い部屋だ。
義母は嫁いできた最初の頃は大人しくしていたが、父が留守になるとすぐに私をこの部屋に押し込んだ。
私のために作られた家具も着物も、すべて取り上げられてしまった。
母の形見さえ、もう私の手元には残っていない。
私にある財産は、十二歳の時に婚約者から送られた指輪だけになっていた。
(すべては明日から)
頭の中にマノンの記憶が流れ込んできてから、まだ数時間だ。
それなのに、私は身体も心も疲れきっていた。
(マノンという人の器が大きすぎて、私の中に入りきらないのかもしれない……)
今夜はゆっくりと眠りたい。私が願うのはそれだけだ。
***
浅い眠りの中で、私は夢を見ていた。
あれは王宮で開かれた夜会だ。
社交界にデビューして間もないマノンは、淡いピンクのドレスを着ている。
薄い花びらのようなオーガンジーが重ねられて、まるで芍薬の花のようだ。
『レイモンド様』
『ああ、綺麗だよ。マノン』
くるくると回りながらダンスを楽しむ。
周りの貴族たちは微笑ましそうに、まだ若い王太子と未来の王太子妃のダンスを見守ってくれている。
マノンの輝くような笑顔。
それを見つめるレイモンド様の温かい視線。
『君はダンスが上手だね』
『レイモンド様と踊るのが楽しいからですわ』
『私も同じだよ。妃になる人とのダンスがこんなに楽しいなんて』
それなのに、ローザを召してからはレイモンド様は夜会で踊らなくなってしまった。
平民だったローザがダンスが苦手だから夜会に出たくないと言い張ったので、自分も夜会では踊らないと約束したらしい。
(それなら、私の立場はどうなるの?)
マノンは未来の王太子妃として各国の大使をもてなしたり、自国の貴族との交流のために踊り続けなければならなかった。
クタクタに疲れて足が棒になっても、張り付けた笑顔のままでパートナーを変えては踊り続けた。
そんな私を労わるでもなく、レイモンド様は冷たく言ったのだ。
『王太子妃になろうかというものが、誰にでも媚びて見苦しい』
『それなら、夜会の初めに一曲だけでいいから私と踊ってくださいませ』
『それは出来ない。ローザが踊れるようになるまでダンスはしないと決めたんだ』
レイモンド様は、外交よりも、マノンよりも、ローザの機嫌を取る方が大切だというのだろうか。
マノンは人知れず涙を流した。
冷静になってみれば、あまりにも愚かな考えだった。
けれどレイモンド様に恋していた私は、黙って受け入れた。
(……皆が幸せになるのなら)
それがレイモンド様をお支えする王妃となる自分の役目だと信じていた、いや、マノンは信じ込もうとしていたのだ。