私の嫌いな赤い月が美しいと、あなたは言う


「真音さま、おふたりを離れに移しました。屋敷の中は自由にしていただいておりますが、外出は禁止にしてもよろしいでしょうか?」

「榊に任せるわ」

「金策の方は、いかがいたしましょう」

「なんとか埋め合わせしなければ……そういえば、九鬼家からの返済はどうなっているの?」

「あちら様からは、毎月キチンとご入金いただいております。佐和子奥様や乾の目に触れないよう、真音さまの口座に隠しておりました」

「ありがとう。それを回しましょう。榊のおかげでなんとかなりそうだわ」

「いえ、真音さまが動いてくださったからでございます」

「長いこと、ぼんやりとしていてごめんなさい」

「それは、私にも責任がございます」

榊は謝罪するが、表情はやや暗かった。



***



真穂路が亡くなって乳飲み子の真音が残されたが、守綱は生きる希望を失ってしまい茫然としていた。

その時に、言葉巧みに分家から佐和子を勧められたのだ。

確かに、佐和子は明るく気立てのいい女性に見えた。
始めのうちは義理の母親として真音を大切にしているように見せかけていたのだが、琴音が生まれてから少しずつ本性を現したのだ。

守綱の前では従順な妻を演じるのだが、榊たち使用人には我を通し始めた。
気に入らないからと、真穂路に付いていた侍女などは辞めさせられたくらいだ。

おまけに乾ばかりを重宝して、榊が諫めても侍女長が意見しても聞かない。

ようやく守綱の目が覚めた時には、長期で海外へ行くことが決まっていた。
皇子の付き添いという名誉な職を断れるはずもない。

自分が留守になることに危機感を持った守綱が、大急ぎで九鬼誓悟と真音の婚約をまとめたのだ。
だが頼りとした誓悟もまだ若く、海軍の仕事で海の上がほとんどだった。

とうとう真音は伊集院家での立場を失うまでになってしまった。

代々伊集院家に仕えている家に生まれた榊直衛の忠誠心は篤い。

榊は乾の横暴を知りながら、真音がどう対処していくのかギリギリまで見極めていたのだろう。
いくら信用のおける使用人とはいえ、榊の立場ではなにもできない。
真音の覚悟が決まらなければ、榊は鷹司家の介入を頼まなければと覚悟していたはずだ。



***



「真音さまに伊集院家の誇りが蘇ったのですね」

多くの書類が散乱した状態の父の書斎で、榊や部下たちは満足そうだ。
でもこれは、私ひとりの力ではなくてマノンのおかげだ。

マノンの記憶が私の中に入ってから、乾の呪縛は消え失せた。

(自分が悪くないと思ったら、簡単に謝ったりしない)

自分を卑下していたのが噓のようにすっきりとした気持ちになれたから、取るべき道が見えたのだ。

「榊や皆がこの家を守ってくれていたからよ。本当にありがとう」

私は心から榊たちに感謝の気持ちを伝えた。




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