私の嫌いな赤い月が美しいと、あなたは言う




***



許さない、許さない、許さない。

琴音の胸の中には、真音への憎しみが渦巻いていた。

ふたつ歳の離れた義理の姉。
生まれた時から伊集院家のお姫さまで、大勢の使用人にかしずかれて大切に育てられたと聞く。
義姉を産んだ母親は早くに亡くなったから、余計に大事にされてきたのだろう。

父は生まれて間もない真音のために、琴音の母と再婚した。
だから最初から母と自分への視線と、真音へ向けるものは違っているのはあたり前かもしれない。

(お父様が大切なのは、真音だけ)

母は自分の立場を受け入れて嫁いできたものの、腹立たしかったのだろう。
父が海外に行ってしまうと、露骨に真音を虐げるようになっていった。

真音を大切にする古参の使用人は辞めさせたし、部屋も質素なものに変えたり身の回りのものも取り上げた。

それでも母の気持ちはおさまらなかった。
父が決めた真音の婚約者は徹底的に遠ざけたし、社交の場では真音のことをけなし続けた。

『気の利かない子』
『賢くも美しくもない』
『九鬼様に申し訳ないくらい浪費好きな娘』

噂はあっという間に広がった。
ほとんど夜会にも出ていないというのに、真音の評判は地に堕ちた。

(いい気味……)

母のやり方に、琴音は便乗したに過ぎない。

琴音はただ、九鬼が欲しかっただけだ。

海軍の制服を身に着けた姿は格別だったし、社交界でも人気の的だ。
凛々しくて、逞しくて、将来を約束されている九鬼公爵家の御曹司が、家の中でオドオドしている真音なんかを妻に望むはずがない。

(私こそが九鬼様の妻になって、公爵夫人になるのよ)

屋敷に九鬼が真音を訪ねてくるたびに居留守を使って、琴音が相手をした。
母も琴音が九鬼と結婚した方がいいからと、真音を遠ざけることに手をかしてくれた。

(乾だって、私の方が九鬼様に相応しいって言ってたし)

あと少しで思うとおりになりそうだったのに、ある日突然、真音が様変わりしたのだ。

あんなに下ばかり向いていたのに、ピンと背筋を伸ばして琴音を睥睨(へいげい)する。
これまで生気のなかった瞳はキラキラと輝き、言葉は明瞭で使用人たちの心にまで届く。

『あなたたちは、なにか誤解していらっしゃる』

『あなたたちが私を貶めようとなさるのは勝手だけど、巡り巡ってこの伊集院家の価値を下げている、つまりご自身の評判も落としているって気が付いていないのかしら?』

真音のくせに、私たちに意見したのだ。

『私は、この伊集院家の当主である父と鷹司家から嫁いできた母との間に産まれました。あなた方とは血筋が違います』

生まれ落ちた時からの違いだけは言われたくなかった。
私だって母が平民だって知っている。私の中に流れている貴族の血は半分だけなのだ。

『お義母さまには一滴も貴族の血が流れておりません。だから琴音も、匡も、正当な伊集院家の跡取りにはなりえないのです』

そんなことは聞いていない。だって、乾が言ってたもの。

『九鬼様と結婚して、琴音さまは公爵夫人になるのです。そして、伊集院家の方は匡さまがお次になるのが一番です』

母が嫁いでくるときから従っている乾の言うことだもの、正しいに決まっている。
真音の方が間違っているのだと、私は思い込んでいた。

「真音さえいなくなれば……」

つい口から恐ろしい言葉が漏れてしまった。
真音を九鬼様から遠ざけるには、消えてもらうしかないのかもしれない。










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