私の嫌いな赤い月が美しいと、あなたは言う
誓悟は思わずゴクリと唾をのみ込んだ。
社交界では地味だと言われながらも、真音は真穂路によく似ている。
乾の目的が真音なら、その魔の手から守らなければならない。
「お尋ねしたいことはもうひとつ。皇帝のご希望で鷺宮貴嗣様の縁談が進められております。鷹司家も候補とか。ですが、こちらには直系のご令嬢がいらっしゃいません」
「そうだな」
なんでもないことのように、隆道が答えた。
「一番近い血筋は隆道さまのご息女、真穂路様の娘の真音となりますが、彼女を鷺宮へとお考えでしょうか」
「なぜかね?」
「真音は自分の婚約者でありますから、それだけは容認できません」
誓悟は隆道に試されているような気がして、ぐっと丹田のあたりに力を入れた。
「真音はわが妻になる人です。乾からも、なにごとからも守り通してみせます」
誓悟の言葉を聞いて、クククと隆道は可笑しそうに笑った。
「笑止! 後妻の策に踊らされている愚か者かと思っていたが、若造が言うではないか」
「お恥ずかしい限りです」
「もちろん、守綱が君を見込んだのだから認めよう」
「ありがとうございます」
「ほかにも血縁の姫はいるからね。真音は貴嗣みたいな軟弱ものにはやらないよ」
隆道にしては珍しい、軽口のような言い方だった。
「ですが貴嗣様は、なぜか真音に執着なさっておられます」
「ん?」
「自分と真音を邪魔をしているように思えてならないのです」
誓悟は、真音を想うあまりに気弱なことを口にしている自覚はあった。
「どういうことかね?」
「私たちの婚約を喜ばないだけではない、もっと大きな力が働いているような気がするのです」
「ふうむ……信じがたいが、今の君の濁りのない目を見ていたら否定もできない」
「濁りとは?」
その問いに、隆道は答えなかった。
「以前に榊が言っていた。真音の本心がわからないと」
真音がなにを求めているのか、はっきり気持ちが見えないということだろうか。
誓悟の存在すら、必要としていないのだろうか。
誓悟が黙っていたら、隆道がもっと不安を煽ることを言い始めた。
「なにかが君の心と真音の心を隔てているのかもしれないね」
「なにがでしょう?」
「それは誰にもわからない。いつか君と真音が想いを通じることができたなら、ふたりだけが知りえることだろう」
隆道の重々しい声が誓悟の耳に残った。
「とにかく、君と榊の話しは一致する。守綱が帰国するまでに、まだなにか起こるかもしれないな。だが、伊集院家のことは君に任せたよ。私が出しゃばるとこの国中を巻き込む大ごとにしてしまうからね」
隆道は愉快そうに笑いながら、座敷を出ていった。
ほんのわずかな時間だったが、誓悟は汗をかいていた。
ただ鷹司隆道から『君に任せたよ』と言葉をもらったことは、大きな力を得たようで嬉しくもあった。
その中には『真音は貴嗣にはやらない』と約束してくれたことも含まれているとは認めたくなかったが。