闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う

* I know must do what’s right / Hiduru Narashino *



 病院は自分の庭だった。
 天の実家は県内北部に位置する茜里総合病院。通称「蜻蛉(とんぼ)病院」。
 上空から見下ろすと病院の建物の形が蜻蛉が羽を拡げているように見えるからだと言われているが、「赤根家」の「秋」の人間が創設したからアキアカネが転じて蜻蛉になったという説もある。

 赤根家といえばこの町では五本の指に入る大地主の一族で、先祖が「春夏秋冬」の分家を作り、それぞれの分野へ勢力を拡げていた。「春」は農畜産業、「夏」は重工業にテクノロジー、「秋」は医療福祉、「冬」は政治経済などなど……昨今では分家ごとの特徴も薄れ、それぞれが起業したり伝承を継いだりと時代に併せて生き残っているものの、なぜかいまも「春」と「秋」の人間だけはウマが合わず、ことあるごとに火花を散らしている。たしか「春」の技術があるから「秋」は生き残れるのだとか、「秋」がいないと「春」など使えないだとか、基本的にしょうもない言い争いだ。それを哀れんだ当主が「春」の息子と「秋」の娘を結婚させようと目論んで、お膳立てまでしたほど。
 とはいえ前時代的な確執が残っているのが嫌で、「秋」の家に生まれた天は「春」に嫁がされるのなどゴメンだととっとと逃げ出してきたクチだ。
 けれど――……
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