雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
 レストハウスでお昼ご飯を食べた後、遊歩道を通って渓谷へと下った。
 上にいた時よりもさらに濃厚な森の香りに包まれる。川の流れる水音や鳥の鳴き声もよく聴こえて、歩いているだけで気持ちいい。
 隣を歩く雨宮課長が、最初に来たのはフラワームーンの願いの映画の撮影の時だったと話してくれた。
 映画好きの雨宮課長は自分の作品がどんな風に制作されるのか興味を持ち、自分から撮影現場に足を運んだそうだ。

 それで映画館の支配人藤原さんとも親しくなったと教えてくれた。
 その頃の雨宮課長は21歳と聞いて、藤原さんが「雨宮くん」と呼んでいたのもわかる。

「今も映画の脚本書いているんですか?」
 気になっていた事を質問すると、雨宮課長が首を振る。

「今は書いてないよ。いろんなコンクールに応募してたけど、引っかかったのは『フラワームーンの願い』だけだったんだ。そこからプロとして仕事を広げる人もいるけど、俺はね、そういうの向いていないと思ってやめたんだ」
「一度でも賞を取ったのなら才能があると思うのですが」
「ありがとう。でも、書く意欲もなくなってね」
 雨宮課長が小さく息をついた。
「それよりも映画の配給がしてみたいと思ったんだ。実は中島さんが入社する前は宣伝部にいたんだ」
「えー! そうだったんですか!」
「うん。主に洋画の買い付けを担当していてね。カンヌ、ベルリン、ヴェネツィア映画祭は出張でよく行ったな」
 知らなかった。意外な事を聞いて雨宮課長にまた親しみを感じる。でも、どうして今は総務にいるんだろう? 私みたいに上司とやり合ったのかな?
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