雨宮課長に甘えたい  【コンテスト用】
 朝9時に雨宮課長と一緒に旅館をチェックアウトした。ここでお別れかと思ったら、最後まで付き合うよと、課長が言った。
 課長が帰らないのは嬉しい。けれど、課長が運転するコンパクトカーの車内は空気が重い。別に課長は怒っている様子じゃないけど、昨日と違って口数が少ない。

 課長は今、何を思っているのだろう? まだ私の事、簡単に男を連れ込むような女だと思っているのかな? 
 ため息をついた時、「ごめん」って言葉が運転席からした。

「中島さん、ごめん。悪かったです」
 赤信号で止まると、雨宮課長がこっちを見た。

「中島さんを傷つける事を言ってすみません。最低なのは俺でした」
 心からの謝罪の言葉に聞こえた。
 私の事を気にしてくれていたのが嬉しい。涙腺が緩んじゃう。せっかくメイクしたのに、マスカラが落ちてパンダ目になる。どうして雨宮課長の言葉はいつも心の深い所に入ってくるのだろう。

「私の方こそ……すみませんでした」
 口にした途端、ポロポロと涙が流れる。
 昨夜、さんざん泣いたのに。

「中島さん」
 雨宮課長の困ったような声がする。
 顔を上げられない。

 車が走り出した。でも、すぐに停車する気配があった。
 窓の外を見ると、路肩に停車していた。

 どうしたのだろうと思った時、ふんわりと甘い匂いに包まれる。それから硬い胸と、背中に回された逞しい腕を感じる。
 雨宮課長の腕の中にいるんだと思った時、かすれ気味な低い声がした。

「今日はハンカチがないから、俺の胸で泣いて」
 俺の胸で泣いてなんて、キザだ。でも、課長はいつだって優しい。

 顔を上げると、至近距離で課長と目が合う。
 課長が好き。大好き。もう気持ちを抑えられない。

 次の瞬間、私から課長の唇を奪った。
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