人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

 イレーナはわずかに頬を赤らめるヴァルクを見て、妙に胸の奥がくすぐったくなった。

「お前のおかげで救われた命だ。まあ、俺だけではないだろうが」
「とんでもないことです。私はただ母に言われたとおりにしていただけです」
「そこは謙遜するところじゃないんだ。お前は当時の次期皇帝の命を救ったのだぞ。英雄だ」
「買い被りすぎです」

 イレーナはぎゅっと胸もとを押さえる。
 とても嬉しいのに、妙にそわそわするのだ。
 じわりと熱いものがあふれてくるような感覚と、同時に高鳴る鼓動。
 イレーナがヴァルクを見上げると、その視線に気づいた彼はやけに優しい微笑みを返した。
 イレーナはとっさに目をそむける。

(どうしよう。ただとなりで歩いているだけなのに……ドキドキするわ)

 ヴァルクのごつごつした手がイレーナの手の甲に当たる。
 この手はもう十分すぎるほど知り尽くした。
 けれど、ふたりきりで触れ合うのとはまた別の感覚がする。

(手を、つなぎたいわ……)

 そう思ってさりげなくヴァルクの手に触れようとしたら、突然彼は立ち止まった。

「え? ヴァルさま、どうかしました……?」

 ヴァルクの視線の先には護衛騎士たちが真っ青な顔で立っていた。
 そして、侍従のテリーは怒りに満ちた表情をしていた。


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