人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

 イレーナは手を伸ばしてヴァルクの背中を撫でる。
 実は心の底から安堵していた。
 しばらく会えなかったことで、もしかしてもう自分は(夜伽相手として)不要になってしまったのかと不安だったのだ。
 
 しかしそれは杞憂だった。
 ヴァルクはこうしてイレーナをまだ側妃として必要としてくれている。

「何をにやにやしているんだ?」
「ヴァルクさまが私のところへ来てくださったから嬉しいのです」
「そ、そうか……それはよかった」

 ヴァルクはやけに顔を赤くして、いつもよりたどたどしい口調だ。
 イレーナはじわっと胸が熱くなった。

(ああ、この犬みたいに可愛らしい反応、最高に愛おしいわ!)

 イレーナはぎゅっと彼に抱きついた。

 たとえ、そこに愛がなくても。
 ただの欲求を晴らす相手であっても。
 必要としてくれるだけで十分だ。

 それなのに、イレーナの心の隅には隙間風のようなものが吹いていた。
 その隙間はどうしても埋められなくて、自分でもどうにもできない。
 だから、笑って誤魔化すしかないのである。

(いやだわ。私、ずいぶん深入りしてしまったようね)

 認めざるを得なかった。
 完全に好きになってしまっている。
 けれど、個人的な感情を露わにして彼に嫌われたくなかったから、イレーナは決して言葉にしなかった。


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