人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています
それからひと月後、イレーナの傷は治癒師も驚くほど綺麗に治っていた。
イレーナはカザル公国の深い森にわずかに生えている薬草を母に送ってもらった。それはどんな酷い傷も綺麗に回復させてくれるもので、治癒師はその薬草に大変興味を示した。
イレーナは貴重な薬草を与える代わりに治癒師の能力でカザル公国周辺の民の病や怪我を治してほしいと頼み込んだ。
さっそく皇帝の命により、治癒師はカザル公国へ出向き、人々の役に立った。
さらにはカザル公国にて、新しい治癒師の育成もおこなうことになったのである。
「どんなときも商売心を忘れないのだな」
「変な言い方をしないでください。win-win(持ちつ持たれつ)ですわ」
イレーナはすっかり元気になり、ようやく日常を取り戻した。
乱雑に切られた髪は整えられ、肌艶もよくなり、帝国議会の集まりにも顔を出すようになった。
周囲はイレーナに複雑な心境を抱いていた。
ほとんどが同情、そしてイレーナに好意を持つ者が増えた。
しかし、アンジェ側だった人間はやはりイレーナが次の正妃になることを反対し、別の貴族の家門から妃を娶ることを皇帝に提案していた。
ヴァルクは皆の前で声高に決定を下した。
「次の正妃はイレーナである。異論は認めない」