殺し合う家族

第十三話 新田理沙

 自分の命が狙われている自覚があるのだろうか。そう言えば出会った頃から優柔不断、肝心なところで決断できない女々しいところが順平にはあった。結婚して十七年、うだつの上がらないサラリーマンに娘三人は荷が重すぎる、困窮した生活に彩りはなく、将来の不安だけが(おり)のように溜まっていく。

 お前は信用できるのか――。

 まさか私の事を疑っているのか、確かにここ数年は仮面夫婦よろしく、冷めた生活を送ってきた。しかしそれはお互いに適度な距離をとった方が喧嘩にならないと思った自分なりの配慮だ、その証拠に夕飯はしっかり用意しているし、洗濯物だってしている。

 妹夫妻、麻里奈の計画はそんな生活を脱却できる千載一遇のチャンスだ。やつらの目論みを逆手にとれば直也の莫大な財産が転がり込んでくる可能性は大いにある。

「――そう思わない、新田さん?」

「はい? ええ、ですよねー」

 理沙は慌てて持っていたナイフとフォークを動かして目の前にある料理を切り分けた。口を小さく開けてテリーヌを運ぶ。味薄っ。

 あいも変わらず千葉の小金持ち達はスケールの小さい自慢話に花を咲かせている。いい加減、鼻じらんできた。妹夫妻の財産さえ強奪してしまえばこんな田舎に用はない。つまりこのインチキセレブ達と関わる必要もないわけだ。

「二十階より下に住んでる住人はエントランス別にして欲しいわよね、なんか品がないのよね、下に住んでる人たちって」

 始まった、同じマンション内でもマウントを取らないと仕方がない。こいつらは自分よりも下の人間がいることに安心感を覚えて、なんの才能も能力もない自分自身を慰めるのに必死なのだ。くだらない。

「そんなに自慢ですか? こんな、ど田舎のタワマンが」
 理沙は鼻を鳴らして呟いた。

「はい?」

「結局、東京に住むほどのお金はないんですよね? その話、青山に住んでる人にできますか、恥ずかしくてできませんよね、あ、青山って知ってます? 港区の青山ですよ」

 残ったテリーヌにフォークを突き刺して口に入れた、やっぱり薄い。こんな田舎で偉そうにいっちょ前な金額をとるフレンチなど所詮は偽物、コイツら同様、東京の一等地では勝負できないからこんな田舎で田舎者相手に溜飲を下げているのだろう。

「は、あなた、はあ、なにいってるのよ、うちは主人が千葉で事業をしているから千葉に住んでいるだけで、別に東京にだってねえ」

 でたでた、コイツラの言い訳が。千葉で事業だあ? それがすでに負け犬なんだよ。本当に大金を、本当の成功を手に入れようとしたら東京に進出するんだよ。お前らは地方の女子アナと同じ。ご当地でせっせと井の中の蛙をやってりゃ良いんだ。私は戻る、最高の人種が集まるあの街に。

「なんで千葉で事業してるんですかぁ? 東京の方が儲かるのに、変なのぉ」

 最高潮にバカにしてやると、顔を真っ赤にして怒りをあらわにしているが反論がない、どうやら図星のようだ。隣の仲間がまあまあと慰めているがお前も同じだよ。

 もう、こいつらに関わる必要もない。もとより関わる必要性はなかったが暇つぶしくらいにはなった。理沙はメインを食べることなくテーブルに五千円札を叩きつけると店を後にした。

 言いたいことを言ったらかなりスッキリした、やはり我慢は禁物、ストレスは吐き出さないと体に悪い。家に帰っても暇だし昼飯も食べ損ねたので街中をぶらぶらする、するとラーメン屋に十人ほどの行列ができている。そう言えばテレビで何度か紹介されていた。たいして考えもせずに列の最後尾に並んだ。

 行列に並びながらこれからの事を思案する、まずはあの馬鹿旦那をしっかりと懐柔しなければならない。妹の考えは自分の推理で間違いない。理由は単純、メリットがない。そう、考えてみれば明白で、旦那の直也を殺すことにメリットは何もない。遺産? 今でも十分に裕福な生活を送っている。

 例えば麻里奈の話を鵜呑みにするとしよう、直也と順平が私たちの命を狙っているという与太話だ。だったらこの間、私に見せた証拠を持って離婚すれば良い、殺人教唆、殺人計画。何の罪になるかは知らないが少なくとも重大な離婚事由になることは明らかだ。

 もちろん財産分与は行われるから金にも困らない。リスクを犯して直也と順平を殺すなんてハイリスク、ローリターンな事を慎重な麻里奈がやるはずがない。

 十中八九あいつの狙いは娘たち、金持ちなんだから養子でも取れば良いが、せっかく血の繋がりがある娘がいるならばそちらの方が愛情を注げるとでも考えたか。

 どのみち順平は良いように操られている、浮気相手だと見せられた若い女もどうせ仕込みだろう。冴えない既婚中年男なんて若い女に掛かれば赤子の手を捻るようなものだ。どうせ騙しているだけだから女も体までは許してないだろう。溜まってると思ってせっかく誘ってやったのに。

 それをあの馬鹿――。

 まったく見向きもしやしない、そりゃあ全盛期に比べれば多少お腹はたるんだし、胸も垂れた。顔の皺は深くなって体臭もキツくなったが、まだまだ女としていけるだろうが。

 ぶつぶつと文句を垂れているといつの間にか列の先頭まで来ていた。

「お次の方どうぞー」

 カウンターが六席だけの小さな店に通された、なんだ、入店できる人数が少ないから並んでいただけか。うまいトリックだ、日本人は行列に並びたがる。上手いかまずいかよりも人気店かどうかの方が重要、くだらない、さっきまで一緒にいたブランドまみれのエセセレブと根本的には一緒だな。「ふっ」と鼻を鳴らしてから店一番人気と謳っているつけ麺を頼んだ。

 頭の中でこれからの流れを整理する、まずは旦那と協力しなければ始まらない。その為には久しぶりに体を合わせるのが一番だろう。男なんて単純だ。

 あとは旦那を泳がせて直也が接触してくるのを待つ、同時に麻里奈と今後の作戦を立てる。白井夫妻はこちらが全て分かっているとも知らずにあれこれと指示をしてくるだろう。

 そこにチャンスがあるはずだ、やつらは油断している。絶対に返り討ちにしてやる。財産を強奪したところで旦那とはおさらば、ヤラセだろうが浮気の証拠がこちらにはある、順平からも女からもたっぷり慰謝料を分取ってやる。

 その金でやりなおそう、まだまだ素敵な男性に出会う機会もあるはずだ。

「お待ちでーす!」

 器が二つ、理沙の前に置かれた。煮干しの香りがたちのぼるつけ汁に、ピカピカに輝いた太麺。「ゴクリ」と喉がなった。

 誰か知り合いがいるわけでもない店内で理沙は思い切り麺をすする、店内には客が麺をすする音だけが延々とBGMのように流れていた。

「うまっ」

 思わず感嘆の声を上げてしまう、さっきのフレンチの百倍うまい、値段は五分の一。食べ物の価値とは、命の価値とはなんだろう。血の繋がった妹を殺す算段を立てながら理沙は一人考えた。
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