殺し合う家族

第十五話 新田 理沙③

 入念に体を洗ってから風呂を出る、化粧水を叩き込んで髪を乾かしてからパジャマ姿になって全身鏡でポーズをとると、トドのようにだらしない体型の中年女がそこにいた。これじゃあ順平じゃなくても手を出さないだろう。

 昔はもう少しスリムだったのに――。いや、それも貧乏のせいだ。そもそも安くて量がある食べ物はカロリーが高い。しかし子供たちを満足させるには決められた予算のなかでやりくりしなくてはならない。おかげで果穂はでっぷりと太っている。春華と瑞希は標準だがこのままでは将来は目に見えていた。

 理沙は化粧台の前に座ると一心不乱に化粧を施した、取り急ぎ顔だけでも取り繕わなければ。化粧が終わるとクローゼットを漁る、体型を隠せるようなゆったりとした、かつセクシーな服がないかと。
 
「こ、これは……」
 
 結婚当初、理沙にコスプレをさせて性行為をするのが好きだった順平がドン・キホーテで買ってきたメイドのコスプレが、衣類ケースの一番奥から出てきた。ご丁寧にニーハイソックスまで付いている。おそるおそる袖を通してソックスを太ももまで引き上げた、肉がはみ出るがなんとかはけた。カチューシャをして全身鏡の前に立つ。

「悪くないわね」 

 独りごちたところで、玄関の扉に鍵が差し込まれる音が静かな一軒家に響き渡った。キシキシキシと音をたてて階段を登ってきた順平が隣の部屋に入る気配がする。二分もしないでその気配はリビングに降りていった。理沙はなぜか忍び足で階段をおりると、そっと中の様子を伺った。

 どうやら用意してあったカレーをよそう為にキッチンに入っていく。

「順平くーん」

 ワンオクターブ高い声を出してメイド姿の理沙は飛び出した、目線だけでコチラを確認して肉じゃがに視線を戻す寸前にもう一度コチラを見た。絶句している。

「ちょ、おま、なにして、え」 

 ふふ、どうやら動揺しているようだ。そう、メイドコスプレは順平の大好物。若いエロ女にお預けを食らって溜まっている順平には刺激が強すぎるかもしれない。まさに絶対領域がもつポテンシャル。

「ごはん用意しておくからさ、お風呂入ってきなよ」

 旦那に品垂れかかりながら甘い声をだすと、逃げるように風呂場に向かっていった。

「照れ屋さん」

 隠しておいたビールを冷凍庫で冷やし、簡単なつまみを作る。ダイニングチェアに座り一息ついたところで重要な事を思い出した。

 コンドームがない――。

 いくら何でも四人は無理だ、今でもカッツカツな生活を送っているのにこれ以上、家族が増えたらもう新田家はパンクだ。 
 いや、しかし。と考え直す、妹夫妻から財産を強奪できれば金の心配は不要、それに――。男の子が欲しい。

 それはずっと理沙の夢だった、女の子が可愛くないわけじゃない、むしろ年頃になって邪険に扱ってくる男の子よりも、いつまでも仲の良い娘の方が長期的には重宝するだろう、でも。娘とは違う可愛さが男の子にはある、そう、まるで恋人のような。

 結局三人とも女の子が生まれて経済状況的にも息子は諦めていたが。あとは年齢。四十五歳となればかなりの高齢出産、しかし、初産じゃないのでなんとかなるのではないか。三人産んでいる自分は、出産というジャンルにおいてベテランなはずだ。 

 良いでしょう、やったろうじゃない。本来ならば浮気した旦那はボロ雑巾のように捨ててやろうと考えていたが、くさっても父親。まあ計画に協力するってことで大目に見ないでもない。

 理沙は不敵な笑みを浮かべると、ビールを冷蔵庫から取り出してグラスに注いだ。

「ぬるっ」

 先ほど入れたばかりのビールはまるで冷えていない、仕方なく冷蔵庫から氷を取り出してグラスに入れた、薄くなるが、ヌルいビールなどまずくて飲めたものじゃない。

 一本目を空けたあたりでやっと順平は風呂から上がってきた。こちらを一瞥してからフリーズする。

「ビール飲むでしょ、肉じゃが、あっためるから座ってて」

「あ、うん、ありがとう」

 冷蔵庫からビールを取り出して順平に渡すと、手にした瞬間に顔をしかめた。

「氷いれる?」
「いや、いい」

 プルタブを引いた瞬間泡がはじける、順平はグラスに注ぎもしないで一気に煽った。

「あの、さ」

 鼻歌まじりにカウンターキッチンで肉じゃがを温めていると遠慮がちに順平が話しかけてきた。締め付けられた二の腕と太ももが鬱血していないか心配だったが「なあに?」と笑顔で微笑んだ。

「どうしたのその格好」

 やはり気になっていたか、そうだろう。確かに多少肉付きが良くなったかもしれないが、それも豊満、わがままボディと言えなくもない。

「こういうの好きでしょ?」

 その場で一回転すると酔いが回って目眩がした、なんとか立て直して肉じゃがをよそう。

「え、いや、昔はね」

 照れている旦那の前に肉じゃがを置いた、そのまま目の前に座ってじっと見つめる。久しぶりに正面からしっかりと顔を見たが、なんだかカッコよく見えた。こんなに精悍な顔つきをしていただろうか。

 意識すると急に心拍数が上がってきた、これから抱かれる事を想像すると胸が高鳴り赤面する。前回したのはいつだっただろうか、過去の記憶を遡るがまるで思い出せない。少なくとも瑞希が生まれてからは一度もないから七年以上のご無沙汰だ。

「ごちそうさま」

 順平はあっという間に肉じゃがを平らげてビールを飲み干すと、食器を持って席を立とうとした。

「ちょっとまって、今日こそ作戦会議しないと」
 理沙があわてて止めると、順平は無言で首をふる。

「疲れてるんだ、寝かせてくれ」
 ポツリとそれだけ呟くと、シンクで食器を洗いさっさと二階に上がっていった。

「もう」

 やはり、興奮状態を我慢できないようだ。こんなエロい格好で出迎えた自分にも責任はある。だったら仕方がない、まずは久しぶりのスキンシップに興じるとしよう。

 理沙は洗面所で入念に歯を磨いてからリビングの電気を消して二階に上がった。ゆっくりと順平の部屋の扉を開けると、すでにベッドの中でスタンバっている。緊張で胸が張り裂けそうだったが、若い頃のように背中を向けた順平に後ろから抱きついた。 

「うわあーーーーーーー!」

 その瞬間、順平は大声を出して飛び起きた、その反動で小さなシングルベッドから理沙はこぼれ落ちる。ダーンッ。としたたかに腰をうって声が出なかった。

「なにしてるんだよ、びっくりするだろ」

 冷えたフローリングで腰をさすっていると、ベッドの上で畏怖の表情を貼り付けた順平が見下ろしていた。  

「ごめんね、久しぶりだから驚いちゃった?」

 そう言いながら理沙はベッドに這い上がり、順平に向かってにじり寄っていく、腰が痛いので這いずるように追い込む姿は貞子を連想させた。

「ヒイィィィ! こっちに来るな化け物!」

 突き飛ばされた理沙は再び腰を打ち付ける、その横を猛スピードで駆け抜けていった順平は階段を一気に駆け下りていった。

 こっちに来るな化け物――。

 その場で呆然と座り込んだ理沙の視界にかすかに動くものを捕らえた、視線をやるとそこには、鏡に映ったメイド姿の化け物が暗闇の中でひっそりと佇んでいた。 
< 15 / 26 >

この作品をシェア

pagetop