夕陽を映すあなたの瞳
第十章 涙のワケ
「おはようございまーす!」

心が元気良くオフィスに入って行くと、机に向かっていた桑田が顔を上げた。

「お!おはよう久住。どうだった?昨日の同窓会は。楽しめたか?」
「はい!お陰様で。佐伯さんがシフト代わってくれたので、魚臭くなかったし。あれ?佐伯さんは?」

ひと言佐伯にもお礼を伝えたかった。

「あいつ、ショープールにいるよ」
「え、ショープール?それって…」

もしかして、ジャンプの練習だろうか。

少し心配そうな顔をする心に、桑田は頷いた。

「まあ、少しずつな。焦らずにやってくれればいいな」
「はい」

心はオフィスを出るとショープールへ向かった。

案の定、佐伯とルークの姿が見える。
佐伯はルークに何かを話しかけ、体をなでていた。

「佐伯さん」

心が声をかけると、こちらを振り返る。

「おお、久住。おはよう」
「おはようございます。佐伯さん、昨日はシフト代わって頂いてありがとうございました」
「どういたしまして。楽しめたか?同窓会」
「はい、楽しかったです」

そしてひと呼吸おいてから、心は小さく聞いてみた。

「佐伯さん、練習…ですか?」
「ん?ああ、まあな。少しずつ簡単なものから。リハビリだな」

心は頷いた。

すると、ふと佐伯が思いついたように心を見上げる。

「久住、ちょっとつき合ってくれないか?」
「え?いいですけど…」

佐伯と一緒に、心はショープールに入る。

ルークのひれに掴まって泳いだり、ルークの背中にサーフィンのように乗ったり…。

いくつかのパフォーマンスを確認したあと、佐伯は心にロケットジャンプをやってくれと頼んだ。

「私、だいぶ下手ですよ」
「知ってる」

きっぱり言われ、あははと心は乾いた声で笑ってから、ルークの前に立った。

右手を前に出し、じっとアイコンタクトを取る。

やがて小さく頷くと、ロケットジャンプの合図を出してからプールに飛び込んだ。

ルークもすぐについてくる。

グッとプールに深く潜ってから両足を揃えると、ルークが口先を当てて押してくれる。

助走がつくと、心は斜め上に上半身を向けた。

そのままルークに身体を預け、しっかり体幹を意識しながら体勢を保ち、心は一気に宙へと飛び出した。

身体がふわっと浮き上がる感覚を感じてから、両腕を前で揃え、重心を前にしてプールに飛び込む。

バシャン!と水しぶきが上がり、しばらく潜ったあと、心は水面に向かって足を蹴り、顔を出した。

ホイッスルを吹いて、ルークの体をなでる。

プールサイドに上がり、ルークに魚をあげると、佐伯が拍手した。

「久住、結構上手かったぞ、今の」
「ほんとですか?」

思いがけず褒められ、心は笑顔になる。

「ああ。いい感じに身体の力が抜けて力みがなかった。あとは、そうだな。飛び込むタイミングを、もう0.5秒くらい待ってからにしてみたら、もっと飛距離が出るぞ」
「はい、やってみます。ありがとうございます」
「あ、でも、怖いって感じたら無理するな。お前のタイミングで構わないからな」

心は真剣な顔で頷いた。

「よし、じゃあルーク。次は俺にもつき合ってくれ。いいか、軽くだぞ?」

佐伯はルークをじっと見つめてから、プールに飛び込む。

ルークも身を翻して潜った。

佐伯にしては浅い位置で上昇を始め、ルークと佐伯は軽々と宙に舞う。

空中姿勢でも余裕を見せ、佐伯はふわっと前方に身を投げてプールに飛び込んだ。

「ナイスジャンプ!」

心が拍手する。

飛距離や高さは、いつもの佐伯の半分位だったが、何よりこの技をまた披露してくれたことが、心は嬉しくてたまらなかった。

(良かった。佐伯さん、恐怖心がなくなってきたみたい。このまま少しずつ、感覚を取り戻せたらいいな)

戻ってきた佐伯とルークに、心はもう一度大きな拍手を送った。
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