夕陽を映すあなたの瞳
ひと晩入院した次の日。
主治医の先生は、もう退院してもいいと心に話す。

「軽い熱中症による立ちくらみだったんでしょう。点滴をして、今は改善されています。ただ、プールに落ちた時に少し水も飲んでいたようなので、念の為ひと晩様子を見させてもらいました。食事も普通に取れているようなので、もう帰っても大丈夫ですよ」
「はい、ありがとうございました」

お辞儀をして先生を見送り、退院の手続きに行こうと荷物を持った時、コンコンとノックの音がして心は顔を上げた。

「はい」

すると、髪の長いすらりとした女性が病室に入って来た。

「こんにちは。あなたが久住 心さん?」
「あ、はい。そうですが…?」

キョトンとしながら答えると、女性はパッと顔を輝かせる。

「わー!お会い出来てとっても嬉しい!思ってた通り、ピュアな感じのお嬢さんね」
「え?あの、私のことをご存知なんですか?」
「あ!そうよね、自己紹介もしないでごめんなさい。私ったら、興奮しちゃって」

照れたように笑いながらそう言うと、女性は改めて心を見た。

「初めまして。私は秋月(あきづき)沙良(さら)といいます。あなたのことは、彼からいつも聞かされてたの。もう妹みたいにかわいくて仕方ないみたいよね」
「は、はあ…、えっと、どなたから?」
「あ!そうよね、ごめんなさい。いつも桑田がお世話になってます。私、桑田と婚約している者です」
「ええーー?!く、桑田さんのー?」

病室ということを忘れて大きな声を出してしまい、心は慌てて口を押さえる。

「うふふ、そうなの。入籍したら、改めて職場の皆様にもご挨拶に伺うわね。それより、退院の手続きはもう済んだ?」
「あ、これからです」
「じゃあ、私がやるわ。彼にね、心ちゃんの付き添いを頼まれたの。心配で仕方ないみたいよ。うふふ」

は、はあ…と心は、まだ半分ボーッとしながら相づちを打った。
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