モラハラ夫との離婚計画 10年
 松本くんの『うち』、は地元の駅から歩いて二十分以上離れた場所にあった。

「ここなんだ」

 椿荘と書かれた木の看板がかかったそれは、まるで昭和のドラマに出てきそうな古い、二階建てのアパートだった。

(おもむき)があるね」

 そんな感想が思わず口から出た。部屋は二階、ギシリ、ギシリと錆びた階段が悲鳴をあげる。まさか踏み抜けたりしないだろうが、私は出来る限りゆっくりと昇った。

 外観はアレだけど中はリノベーションされていて意外と綺麗、という期待と願望はすぐに打ち崩される。外観に引けを取らない狭いワンルーム。

「散らかっててごめん、まさか水森が来るなんて思ってなかったから」

 照れながら床に散乱した雑誌をかき集める。そのほとんどに『パチンコ必勝』や『パチンコ攻略』のタイトルが付いていた。

「適当に座って」

「あ、うん」

 決して、決して潔癖症とかではない。そんな私でも座るのを躊躇われる黄ばんだ畳。しかし立っているわけにも、ましてやハンカチを敷くわけにもいかない。スッと腰をおろした。

 なるほど、このルックスにして彼女ができない理由が垣間見えた気がした。女の跡がまるで無い部屋にやる気がでる。よーし。

「松本くん」

「ん? なに」

「掃除していい?」

「へ?」

「男の子の一人暮らしだから仕方ないけど、女の子を招待するなら常に綺麗にしてないとダメだよ」

「あ、ご、ごめん」

「私、掃除は得意なんだ、まかせてよ」

 毎日、家政婦のようにこき使われている。タダで。

「そんな、お客さんにそんな事」

「私はお客さんじゃなくて、彼女でしょ?」

「あ、そ、そうです」

 私は腕まくりして掃除を始めた、幸い道具だけは揃っている。雑誌を一括りにして布団を押入れにしまう。雑巾で畳を拭き上げてシンクに溜まった食器を洗う。

 狭い部屋だ、あっという間に綺麗に片付いた。

「あ、ありがとう」

「いいの、いいの。それよりシャワー浴びたいな」

 じっとりと汗ばんでいた。見た感じエアコンは無い。窓を開けると深夜の冷たい空気が入ってくる。

「お風呂は無いんだ、いつもは銭湯に。でも今日はもう閉まってると思う」

 風呂無しアパート、確か聞いたことのある自動車メーカーに勤務していると言ってたけど、そんなに給料が安いのだろうか。

「そっか……」

 結局、風呂も入らずに私たちは狭い布団に身を寄せ合った。中学生の時に好きだった男の子と同じ布団で寝ている。それだけでドキドキする。

「水森……」

「優香でいいよ」

「あ、うん」

 本当に女性に免疫がないのだろう、微かに震える手を私は布団の中で握った。

「ゆ、優香」

「なに?」

「初めてなんだ」

「え?」
 
「その、つまり。エッチしたこともないんだ」

 松本くんはそれが恥であるかのように、口ごもりながら告白した。夫にしろ恒くんにしろ、女に小慣れた男は見慣れていたが。これは。

 可愛いかも。

 急激に松本くんが愛おしくなり、私は覆い被さってキスをした。舌を絡める、ぎごちない動きが余計に興奮した。私ってSだったのかな。


「ちょ、水森、じゃなくて優香、そんな所は……」

 マグロと化した松本くんのズボンを剥いで、固くなった陰部を口に含むとあっという間に射精した。謎の優越感。

「ごめん、出ちゃった」

 私はティッシュに口の中に溜まったものを吐き出してから「うん、いいよ」と返事した。

「優香、好きだよ」

 私を優しく抱きしめる、記憶の中で一番古い好きだった人。

「私も好き」

 中学生みたいなやり取り、それが心地いい。

 またキスをして、今度は松本くんが上になる。ぎごちない愛撫に濡れながら、私は少しずつ堕ちていく。

 どこにいくのかも分からずに。



 
 
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