卒業証書は渡せない
第5章

30.本当の理由

 用があるなら入って来い。
 来ないなら、用はないと判断する。

 弘樹がそう言い放ったのは、始業式の日の放課後だった。奈緒と一緒にいるところを廊下から見ていた斎鹿博美と、奈緒に寄りつこうとするほかの男子生徒に向けられた。それまでじっと私たちを見ていた生徒たちは、みんなバツが悪そうに帰って行った。

「ねぇ、奈緒、今更だけど、弘樹と違うクラスで大丈夫?」
「え? うん。ほんとに今更だよ」
「なら、良いんだけど……」

 牧原君と電話をした日から、私は少し元気を取り戻した。去年みたいに超元気! というわけにはいかないけど、それなりに楽しく生活できるようになった。

 だけど、妹の春美の言葉。
 ──夏休みになる前に、斎鹿博美が弘樹に告白するらしい。
 それが気になって、悩んでいる様子は周りから見ればそんなに変わらなかったんだろうと思う。

「おーい、せっかく教えてやったのに、もう電池切れか?」

 弘樹はそう言った。
 旅行のことは奈緒にも伝えられていて、候補地はいろいろ上がっていた。もちろん、奈緒の父親はそこはやっぱり厳しくて、日帰りで行けるところになってしまうけど。

「私じゃなくて……弘樹の心配してるんだよ」
「俺の心配? なんだよ?」
「私の妹が斎鹿博美の妹と友達で──」

 それは突然やってきた。
 私が弘樹に話そうとしていたとき、廊下の方から誰かが弘樹を呼んだ。

「おーい、木良ー、ちょっと来い」
 友人に呼ばれて弘樹が出て行くのを目で追うと、
「あっ、来た……!」
「え?」
「妹が言ってたんだ。夏休みまでに、斎鹿博美が弘樹に告白するらしい、って」

 もちろん、弘樹がそれを受け入れるはずがないと信じていたし、奈緒もそんな顔をしていた。
 博美が何て言ったかは聞き取れなかったけど。周りのどよめきが告白終了を知らせてくれた。

 弘樹はしばらく何も言わなかった。
 どこかのお調子者が弘樹にOKするように囃したてているけど、弘樹はそうはしなかった。

「──知ってると思うけど、俺、彼女いるから」
「知ってます。だけど、私だって……ずっと木良君が好きで……いつもお兄ちゃんが話してるのを聞いてて……」
「気持ちだけもらっとくよ。俺は奈緒と別れるつもりはない」
「じゃ、じゃあ……あの人は? 高野さんは、なんでいつも一緒にいるの」

 そこにいた全員の視線が私に集中した。思わず縮こまってしまった。

「彼女じゃないのに……仲良いし……」
「──あいつがいなかったら、今の俺はいない。恩人だよ。それにあいつが奈緒の親友だって、知ってるだろ」
「でもいつも、高野さんは離れて1人で……」

 離れて1人で、2人の後ろをついて歩いている。
 博美が言っていることは正解だった。私は奈緒と親友。幼馴染。だけど、奈緒と弘樹に並んで歩くことは出来なかった。だからいつも、距離を置いて歩いた。

「なあ、斎鹿。夕菜の立場になって考えてみろよ。なんでああしてるか、考えてみろ」

 私は──奈緒に幸せになってもらいたくて、弘樹を優先させている。1人で動くと奈緒が嫌がるから、同じ行動をするときは3人一緒にいる。

「まぁ……分かったところで、俺の返事は変わらないけどな。じゃあな」

 そうやって弘樹は帰ってきて、博美もどこかへ消えたけど。
 私がどうして2人と距離を置いてるか、本当の理由は、琴未にしか話せなかった。
< 31 / 61 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop