卒業証書は渡せない

39.きっとそうだよ

 それから、体育祭がやってきて。
 特に大きな事件は起らなかったけど。
 弘樹はやっぱりアンカーで走ることになって、クラブがない日も、ある日は終わってから少しだけ、順番をメンバーで相談していた。

 後輩はみんな足が速いから一等狙う。

 いつか奈緒と二人で練習を見に行くと、弘樹のその言葉通り、本当にみんな、速かった。

「前に弘樹が言ってたんだけど、何人か、中学で陸上やってた人がいるらしいよ」
「へぇー。それじゃ、安心だね」

 アンカー以外の順番を調整したり、50メートル走をしてみたり。トラックを一周してみたり。
 弘樹が近くを走る度に、声援を送った。

 ずっとバレーをしていたらしいけど、陸上部でもじゅうぶんやっていけるんじゃないかと思う。
 そんなことを本人に言ってみると、バレーに決める前は本当は悩んでいた、と弘樹は言った。

「でも、走るだけよりボールのほうが好きだったから。バスケでも良かったけど、あいつには負けたくなかったから」

 弘樹が誰のことを言っているのか、すぐにピンときた。
 バスケが好きでアメリカに留学した牧原君とは、ほとんど毎日、メールしている。

「俺は卒業したらバレーやめるけど、あいつはしばらく続けるんだろうな。夕菜、応援してやれよ」
「う、うん。もちろん」

 牧原君は、バスケ選手になるかはわからない、って言っていたけど。
 アメリカに留学したくらいだから、高校だけで終わることはないと思う。大学に入っても続けて、社会人になる頃には、どうなってるんだろう。

 どこかのチームに所属して、テレビで見るのかな。
 それとも普通に就職して、引退するのかな。
 その頃、私は……牧原君とはどういう関係になってるんだろう。奈緒と弘樹は、まだ続いてるのかな。

「弘樹は、卒業したらどうするの?」
「どうって、大学に行って、普通に就職するよ。それから、お金貯めて、大人になって──」

 そこまで言って、弘樹は急に紅くなった。
 それはもしかして、奈緒との未来を想像してたから?


 一等を狙う、と宣言していた通り。
 体育祭での部活対抗リレーでは、バレー部が一位でした。
 途中までは他のチームに抜かれることもあったけど、最後、アンカーの弘樹が走って走って全員抜きで一着ゴール。

「すごかったね! 練習も見てたけど、本当に速かったよ」
「そうだね。でも、転ぶところも見たかったなぁ」
「そんな恥ずかしいことできるか!」

 いつものように3人で歩きながら、体育祭の話ばかりした。
 ダンス部の演技も綺麗だった、とか。
 先生たちの競争では、年配の先生たちが大変そうだった、とか。
 最後にみんなで踊ったマイムマイムは楽しかった、とか。

「でも明日、みんな筋肉痛だね」

 私と奈緒は、弘樹ほどではなかったけど。
 私は、テニス部の奈緒ほどではなかったけど。
 体育祭が終わった後も片付けに動き回って、正直、歩いて帰るのは既に辛いです……。

「ねぇ、夕菜、今日もメールするんでしょ? 牧原君に」
「……うん。するよ」
「じゃ、そのときに──」
「ははは、ちゃんと打つよ、弘樹がコケた、って」
「はぁ? コケてねーから!」
「冗談冗談!」

 もし、部活対抗リレーのバスケ部チームに牧原君がアンカーで参加していたら……?
 前走者のゴールが同じタイミングで、ほぼ同時にスタートしていたら……?

 やっぱり、夏の旅行と同じように、牧原君が勝ったかな。
 それで私は、今の奈緒みたいに、笑えるのかな。

 ──うん。きっとそうだよ。
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