卒業証書は渡せない

41.心の支え

 2月14日のバレンタイン。

 なんとなく校内がざわめいていて、私は去年のことを思い出した。デートに出かけた奈緒と弘樹を見送ったあと、牧原君と付き合うことになった。

 ──そっか、もう1年なんだ……。

 3年生は受験とか卒業準備でバタバタしてるけど、1・2年は特に変わらない。いつも通り授業があって、放課後に掃除とクラブ活動がある。

 本来なら、奈緒と弘樹も、それぞれクラブがあるはず、なのに。

「いいよいいよ、私、掃除当番だし、楽しんでおいで」
「夕菜、ごめんね、今度、遊ぼうね!」

 この日だけは、クラブよりデートを優先させるそうです。
 なんでも、近くのテーマパークに、今日までの期間限定、バレンタイン☆カップル割とやらがあるそうで。

「あれ、別に男女じゃなくても、女同士、男同士でも良いらしいよ。仲良しなのをアピール出来れば」
「そうなんだ。確か、ハグが20%オフで、キスなら半額でしょ?」
「そんな感じ?」

 同じく掃除当番になっていた琴未と笑いながら、私は牧原君を思い浮かべた。隙あればキスしてきた彼のことだから……もし日本にいたら、半額で入場できたでしょう。

 でも今、牧原君は日本にいないし、ドッキリで待ち伏せすることも絶対ない、ってメールに書いていた。アメリカの学校は半年早く始まるから、牧原君はもう、高校3年生。

「ねぇ、私たちも行く? ……何なら……私、夕菜となら、キスしても良いよ」
「え? 琴未って……」

 もしかして、そういう趣味だったんですか?
 と聞こうとしたとき、琴未は、ぷっ、と笑った。

「ははは! 誤解しないでね、私はそういう趣味ないから」
「……良かったぁ。でも、琴未って、彼氏いなかったっけ?」
「いたけど──別の学校だったし、浮気されて別れたよ。だから今日は予定なし。夕菜は? 牧原君と電話するの?」
「ううん。勉強が忙しいみたいで……いつも通り、メール送るだけだよ」

 寂しいね。と2人同時に呟いて、それからしばらくして教室を出た。


 靴を履き替えて歩きながら、結局、琴未と2人で遊びに行くことになった。例のテーマパークは何となく行きにくいから、駅の近くでぶらぶら買い物。

「あれ? 何だろう、男子たちが屯してる……」

 下校ラッシュは過ぎたはずなのに、なぜか正門前で屯している男子たち。クラスメイトもいれば、知らない人もいる。

「彼女待ち?」
「それにしても、多くない?」
「あ──もしかして」

 足を止めた琴未につられて、私も止まった。

「前に言った、夕菜のこと気になってる男子……あの中にいるよ」
「え……」

 よく見れば、1人だけ、そわそわしてる人がいて。
 周りの人たちは、彼を囲むように笑っていて。

「どうする? 裏門から出る?」

 男子たちはまだ、私と琴未に気付いていない。
 正直、あそこは通りたくない。

 私はいつも正門から出るから、裏門はマークしてなかったらしく、無事に脱出することが出来た。

「ごめんね、私のせいで……」
「夕菜のせいじゃないよ。それに、こっちのほうが駅に近いし。行こ、ケーキ食べ放題!」

 こんな時間にケーキを食べたら晩ご飯が──なんて、考えなかった。
 牧原君に会えない今、琴未が一番の心の支えだよ。
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