卒業証書は渡せない
第7章 ~高校3年生~

44.脱け殻

 それから──。

 私は毎朝、一人で登校するようになった。
 いつも奈緒と合流していた場所にはもう誰も立っていないし、弘樹と合流していた交差点でも、彼の姿はなかった。

 高校3年生になって、琴未とはまた同じクラスになった。

「今日も……元気ないね」
「うん。なんか……抜け殻みたい」

 それは、弘樹を見ながらの私と琴未の会話。
 奈緒のお葬式の日、弘樹は私を家まで送ってくれた。あの時から、弘樹は誰ともほとんど話さなくなった。

 奈緒は本当に、弘樹の宝物だったのに。
 弘樹も、それを楽しみに元気に登校してたのに。

「おーい、木良! 次、体育だぞ!」
「──ああ」

 教室の自分の席でぼーっとしてることが多くなって、クラスメイトに呼ばれても、なかなか身体が動かなかった。

 もちろん、私だって悲しみは変わらない。
 一緒に過ごした時間は、誰にも負けない。

「みんな、羨ましがってたもんね。しばらく立ち直れないと思うよ」

 弘樹とは違うクラスの予定だったけど、直前になって私と同じクラスに変更した。というのは、担任の先生から聞いた。
 地震の翌朝の職員室で、去年の担任が決めたらしい。

「高野さんは、大島さんと仲良かったでしょう。木良君とも一緒にいること多かったし。彼のこと、お願いできる?」

 と、始業式の日に言われた。
 でも、何をすればいいのか、わからなかった。
 しようと思っても、弘樹には近付けなかった。

「でも、夕菜がいちばん知ってるんだよ、奈緒と木良のこと」

 琴未にもそう言われたけど。
 もちろん、わかってるけど。

 確かに最初は応援してたけど、途中、自分の気持ちに気付いてから、2人を見るのが嫌になった。そんな私を、牧原君が元気にしてくれた。

 元気出して、って言えるわけがない。
 元気なんか、出せるはずがない。

 体育で身体を動かした後は少しは元気になってるけど、普通の授業のときは、本当に、抜け殻だった。
 クラブ活動にも顔を出さなくなった、と同じクラスのバレー部員から聞いた。

「ま、仕方ねーけどさ……」


 高校3年生と言えば受験、だけど。
 授業でも、ホームルームでも、受験とか進路の話ばっかりしてたけど。

 弘樹は、貰った資料を読むより、窓の外を見ていることが多かった。
 奈緒と同じ大学に──行きたかったのかな。

 3年生最初の模擬試験の日の帰り道、私は思い切って弘樹に声をかけた。
 他のクラスメイトのときより早く反応してくれたけど、表情はあまり変わらなかった。

「進路、どうするか決めた?」
「いや……あんまり考えてない」
「そっか……。私も、まだ悩んでて……。ねぇ、奈緒も一緒に連れて行ってあげて」
「え? どこに?」
「弘樹が、進学するところに。写真でも遺品でも、何でもいいから……。奈緒、弘樹と同じ大学に行きたい、って言ってたから」
「──絶対、連れていく。なぁ、夕菜、牧原とどうなってる?」

 不意に聞かれた一言に、思わず立ち止まった。
 牧原君とは今も、相変わらずメールや電話で毎日連絡を取っている。彼はもうすぐ卒業で、バスケットボールで有名な大学に進学するらしい。

「何も変わってないよ。でも……そろそろ、別れると思う」
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