エリート建築士は傷心した彼女を愛し抜きたい

2.嬉しいのに、辛い

 たくさんの洗濯物が入った鞄を持って菜那は癌センタ―に来ている。仕事を辞めて二か月、つまり蒼司と結婚して二か月が経っていた。


 毎日が溶けてしまいそうになるほどの蒼司からの甘い言葉に酔いしれながらも、菜那は現実と戦っている。職業安定所に通うがなかなか自分に合った職業が見つからず、その足で母の入院している病室へと足を運んでいた。


「お母さん、体調はどう?」


「全然大丈夫よ。菜那こそ、新婚なのにこんな毎日のように病院に来ちゃって。わたしなら大丈夫だから蒼司さんに尽くしなさいよ。昨日だって蒼司さんが立派な花を持ってきてきれたんだから。あんな素敵は人、滅多にいないよ」


「本当だよね。私にはもったいないくらい……。花の水、換えてくるね!」


 窓の近くの棚に飾ってあった花は蒼司が母親にプレゼントしたものだ。昨日の午後から、打ち合わせで外にでた蒼司は黄色のガーベラがたくさん入った花束を持ってお見舞いに来てくれていたらしい。


 昨日の夜、夕飯を一緒に食べながら蒼司に聞いて驚いた。何度か蒼司は菜那に何も言わず、母親のお見舞いに行っていることがある。自分の知らないところで母親を大事にしてもらえていることがどんなに嬉しいことか。


 本当にこんなに優しくて完璧な人がどうして取柄もなにもない自分を好きになってくれたのか未だに分からないし、結婚したという実感もまだ夢の中にいるようだ。

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