完璧からはほど遠い
 私は慌てて言った。

「え? ちょっと待って、何?」

「もう怒ってないかなあ、って。私それだけが心配で……」

 眉を下げて言ってくる彼女に頭が真っ白になった。言っている意味が分からない。

 私は今まで、決して高橋さんに怒りをぶつけたことはない。指導係として仕事はちゃんと教えていたし、大和のことを責めたこともない。だって、それが一番いい方法なんだって自分に言い聞かせてきたんだから。

 なのになぜ私が高橋さんに怒ってることになってるの? そりゃ、あんな匂わせされればイラっとはしたけど。それが顔に出てたってこと?

「待ってくれる? 私別に高橋さんに怒ったことなんて」

「だっていつも厳しいし……ほかの人に質問してると怒るし……」

(それあなたの仕事の出来があまりに悪いから! 他の男社員に仕事任せちゃって成長できてないから!!)

 なんてことは言えず、マイルドに心がける。

「それは指導係として指導しただけだよ。ほかの人に仕事をお願いするのも、高橋さんのためにならないか」

「佐伯さん怒ってるんだなあ、って感じてたんです。だから私、ちゃんと返しました」

「え?」

 すっと高橋さんが視線を上げる。どこか勝ち誇ったような顔で、小声で言ったのだ。



「富田さん。ちゃんと返したから、もう怒らないでくださいね?」



 今までずっとギリギリを保っていた何かが、ぷつんと音を立てて切れた気がした。


 頭が真っ白になる。目の前には、口角を上げてこちらを見ている高橋さんがいた。

 冷静になれ、と一人の自分が言う。だがもう止められないところにまで来ていた。


「何それ……? 私がいつそんなことしろって言った?」

 震える声で怒りの声が漏れる。途端、高橋さんはびくっと怯えたように体を小さくさせた。

「そんな物みたいによく言えるね? せっかくちゃんと前を向こう、って思って必死に毎日過ごしてる私に、なんでそんなこと言うの! 返してなんて頼んだ覚えない!!」

 自分の声が壁に反射する。息が乱れるほど大きな声を出してしまったことを、瞬時に後悔した。あれだけ毎日頑張ってきた自分のすべてが、これで音を立てて崩れてしまった気がした。
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