僕の欲しい君の薬指

投下された一言に緊迫感が私を包んだ。相手は依然として微笑んでいるものの、彼のご機嫌が麗しくない事は明白だった。


生唾をゴクリと呑み込む。バクバクと音を立てる心臓に、気付かない振りをする。彼と繋がれていない方の手をぎゅっと握り締めて拳を作り、どうにか震えを抑えようと試みる。

恐らく今の私は顔面蒼白で見るに堪えない表情をしているに違いない。そんな私に対して、とろりと蕩とろける様に眼を細めるこの子は、相変わらず異常だ。



大学から徒歩十五分の所にある新築のマンションの前でぴたりと足を止めた彼に、吃驚(きっきょう)して目を見開いた。


どうして知ってるの？身内の誰にも教えなかったのに、どうしてここが私が独り暮らしを始めたマンションだと、彼が知っているの？

偶然だろうか、否、彼に限ってそれだけは有り得ない。状況に理解が追いつかず驚嘆の声を小さく漏らす私を余所に、相手は平然とオートロックまでも突破してしまった。



どうしてオートロックの番号まで知っているの？



「安心して、お家でゆっくり月弓ちゃんの言い分は聴いてあげるね」

「ちょっと待って天糸(あまと)君」

「待たないよ、待つ訳ないじゃん。一刻も早く、月弓ちゃんの言い訳を聴かなくちゃいけないもん。僕から逃げようとした罪の弁明…」


“勿論してくれるよね？”



蒼褪める私の頬を撫でた彼は、あははと軽やかに声を躍らせた。