僕の欲しい君の薬指




声色が一オクターブ落ちた綺夏さんの口から紡がれた単語に、嫌な予感がした。その嫌な予感がどうか当たらないで欲しいとすぐに願った。だけど、嫌な予感に限って的中してしまう気がした。


固唾を吞み込んで、視線の先にいる彼の通話が終了するのを待った。



天糸君の名前と、容態と云う熟語。加えて、綺夏さんの蒼褪めた顔。その三つが揃っているだけで、良くない話である事はまず間違いなかった。


電話の相手は誰なのだろうか。どんな用件なのだろうか。一体天糸君に何があったのだろうか。心配と不安があっという間に心を圧し潰す。彼を置き去りにして現実逃避した私に心配も不安もする資格はないと云うのに、居ても立っても居られなかった。



「分かった、すぐ行く」何度か相槌を打って綺夏さんが通話を終わらせるまでに要した時間は、短いはずなのに異様なまでに長く感じた。ソファに置かれた鞄を持った綺夏さんが、黙ったままでいる私と珠々さんに双眸を向ける。



「マネージャーから。天が自宅で倒れているのを発見して病院に緊急搬送されたみたい」

「え」

「容態はまだ医師の話を聞いていないから何とも言えないけど、恐らく過労と栄養失調だろうって」



淡々と告げられる事実に、頭が追いついてくれない。これが現実だと認める事を全身が拒絶している。



「取り敢えず僕が様子を見に行ってマネージャーと話を聞いて来る。…大切なメンバーを過労で倒れさせるなんて…僕のせいだ」



顔を歪めて切れてしまいそうな程に唇を噛んだ相手が、小走りでつい三十分前に来たばかりの玄関までの道程を戻る。遠くなっていく綺夏さんの華奢な背中に、私は無意識に手を伸ばしていた。


違う…違う。違う。違う。違う。綺夏さんのせいじゃない。私のせいだ。きっと、恐らく、否、絶対に私のせいだ。私のせいで天糸君が病院に緊急搬送されてしまったのだ。


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